icebound shangrila
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気がつけば、淡いピンク色の砂に埋もれていた。その砂は顎の位置まで達している。
何これ。ベッドに入って寝てた筈なのに。ていうか、どうしよう。体が動かない。なんとか左右に首を動かせる程度だ。
いや、ちょっと待って。コレ、もしかしてあの砂時計の中?前と状況がかなり違うけど、これはあの夢の続きだ。
苦しい。少しでも首を回せば口に砂が入りそうになる。
夢だっていうのに、どうしてこんなにリアルなんだろう。
「団長、助けてっ」
夢の中だって分かってるのに、団長に助けを求めた。
もがいても、もがいても、ここは夢の砂時計の中。目が覚めるまでずっと苦しまなきゃいけない、悪夢の中にいるんだ。
だけれど、ふと今までとの違いに気がついた。顎まで私を埋めている砂はこれ以上は落ちて来ないみたいだ。
助かった。夢とはいえ、窒息しないで済む。
じゃぁ、これからどうするか。砂時計から出る前に、まずこの砂をどうにかしなくちゃ。
全身の力を右手に集中して、なんとか砂から手を出そうと試みた。
「くっ…こんな砂…」
こんな時に負けず嫌い精神に火がついて、歯を食いしばった。
右手出ろぉ!と念じるように力を込めれば、少しずつ上に上がってくる右手。
あと少し。
そう思った時、砂時計のガラスの外で変化があった。
なんだ、アレ。
アレは…
団長がくれた砂時計?
私が閉じ込められた砂時計の外に、ポツンと置かれている。
どうしてこんな所に。
そして考える間も無く、どこからかあの声がした。男とも女とも似つかない、夢の中で必ず聞こえる声だ。
「これが落ちるまで…」
そう聞き取れた気がした。
目を細めて凝らせば団長からもらった砂時計の砂がサラサラと落ち始めたのが見えた。
もう、声の主が何だって構わない。聞きたいことが山ほどあるんだ。
埋れながらも声を張り上げて叫んだ。
「あの砂が落ちたら私はどうなるの!?団長は!?」
だが、叫んでいる途中で突然声が出なくなった。そして、さっきまで見えていた視界がぐにゃりと歪む。
そのまま景色がぐるぐると私の周りを高速で回り、体が宙へ放り投げられたような変な感覚に陥った。
そのまま私も回るように暗闇に落ちて行き、怖くて思わず目を瞑った。
びゅうびゅうと唸る風の中で、目を開くこともできず、私の体はなす術もなく地面に思い切り叩きつけられた。でも、夢だからか痛みは感じない。
恐る恐る目を開いてみると、そこは見慣れた室内だった。飛び起きれば、聞き慣れたベッドの軋む音。視線を移せば向こう側では団長の眠る白いベッド。膨らみがゆっくりとしたテンポで上下している。
やっぱり、夢だったんだ。
そう思った瞬間、一気に安堵が押し寄せ息を吐いた。
冷や汗が頬を伝っていくのがわかる。喉もカラカラに乾いている。
それにしてもリアルな夢だった。
けれど、目が覚めてどんなに安心できる場所に居ようとも、私の胸の中のざわめきは消えなかった。
それどころか、以前より増している。
それをどうすることもできないまま、布団の中に潜りこんだ。
刻む秒針の音が耳について目も瞑れない。何か、私が恐れていた何かの足音がすぐそこまで迫っているみたいで。
駄目だ、眠れない。眠る気にもなれない。そう思った私は、起き上がってベッドから下りた。冷たい床が裸足の私から熱を奪っていく。
だんだんと冷えていく私の足は、まっすぐ窓辺に向かった。それは、私の中にあれが単なる夢だと割り切れない気持ちがどこかにあったから。確かめなければこの不安からは逃れられない気がしてた。
うっすらと、星明かりに照らされた砂時計のシルエットを睨む。熱を帯びないそれを手にとり、よく見てみた。
ほらね、心配しすぎだよ。
砂は落ちてない。団長がくれた時と一緒。上に溜まったまま一粒も落ちて来ないじゃない。
だからこの砂時計は何も関係ない。
そうやっていつも悪い方向に考えすぎるのが、私の悪い癖だ。
私は砂時計を元の位置に戻し、冷たい床を爪先立ちで歩いて素早くベッドに飛び乗った。
じゃぁ、あの砂時計は何だったんだろう。どうして団長がくれた砂時計があんなところに出てきたんだろう。考え過ぎてたからかな。
そう思えば幾らか不安も消え、秒針の音も遠ざかるように気にならなくなった。
しばらくすれば、目蓋が重くなる。睡魔に囚われて、難しい考え事は頭から追い出された。
そして、気がつけば再び眠りにつき、朝の8時に団長に起こされるまで爆睡し続けた。