icebound shangrila

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慌てて飛び出してきたせいで、私は大事な砂時計を握ったままだった。落としたり無くしたりしたら大変だ。私が団長にもらった初めてのプレゼントなんだから。

握った砂時計を大切にポケットにしまい、再び前を向いて更に走るスピードを上げた。


走りながら、こんな事をしたら組織反逆罪で私の身が危ないのでは、という考えが浮かぶ。

でも、私には団長がいる。だいたい、人身売買は犯罪なんだから私の意見の方が正しいんだ。説明すれば、団長だってわかってくれる。なんせ、春雨の雷槍なんでしょ?誰もあの人には叶わないんだから!


こんな時も頭に浮かぶのは団長のこときり。
部屋を出ないという約束を破った私を団長は先ず初めに怒るだろう。


少し息が切れ、脇腹が痛くなって来た頃、船内にアナウンスが流れた。


『南倉庫にて、商品の人間が一人で脱走した模様。船内各団員は、それを見つけ次第捕縛するように』


どうやら脱走はバレたみたいだ。
でも、この子はどうやって脱走したんだろうか。そんなことがふと疑問であった。

すると、シャランと女の子は懐から鍵束を取り出した。


「これ、檻の鍵なのっ」


女の子の息も切れている。私はその鍵束を受け取って、まじまじと見る。こんなもの、どうしたんだろう。
てかコレがあれば私を頼らなくても他の皆を救えたんじゃ…

眉間に皺を寄せて考える私に気がついたのか、女の子は言った。


「檻からみんなを出せても、この船から脱出する方法がわからないの!」


あぁ、そういうことか。


「私に任せて!」


そう女の子に叫ぶように返したが、まだ何か頭の中で引っかかっていた。でもそれが何なのか、その時はわからなかった。それを考える余裕なんて無かったし、とにかく今は救出が何よりも先。


酸素を欲して肺が痛み始めた頃、私達はようやく目的の場所にたどり着いた。

開いた巨大な鉄の扉の向こう、暗闇にうっすらと見える大きな檻と啜り泣く女の子達。


「みんな!助けに来たよっ!」


そう叫べば、女の子達はゆっくりと顔を上げて私達の方を振り返った。恐怖で引き攣った顔が「助けに来た」という言葉の意味を理解して、一瞬ポカンとした表情になる。

その反応に、私も少しポカンとなった。何かが、違う気がする。さっきから、何かが予想通りにいきすぎていたり、そうでなかったり。ひょっとして、これは何だかの罠だったり?

隣の息を切らした女の子の「早く出してあげて!」という言葉にハッと我に返り、私は慌てて持っていた鍵を檻の鍵穴にねじ込む様に入れて回した。
ギギギ、と重く錆び付いた音を立てながら檻の扉が開く。


「みんな、早く出て!そこの階段から下に下りれば非常用の小型船があるから、それでここから出られる!」


私が声を張り上げると、驚いたような怯えたような顔をして女の子達は我先にと扉に向かって来た。


「とにかく、この子達を下の階に誘導して!下に行けば小型船の場所もわかるから!」

「わ、わかった!ありがとう!」


私は階段を駆け下りて行く女の子達を見送り、最後の一人が檻から出るとその子の後に続いて階段に向かった。と、その時。


「おい、あそこだ!」


遠くの方で誰かが叫んだ。振り返ると、私達が走って来た廊下のずっと奥にわらわらと集まった春雨の団員達が追ってきているのが見えた。


「ま、まずい!急いでみんな!追いかけてきた!」


悲鳴を上げながら必死で階段を駆け下りていく女の子達の背中に向けて怒鳴るように言った。


ふと再び、彼女達を無事逃がした後のことを考えた。
私がここに一人で残って大丈夫なのだろうか。団長が居ない今、組織反逆罪だー!とか言って殺されるんじゃないだろうか。

そう思ったら、なんだか私もここから逃げ出したい気分になったが、そしたら団長の立場を無くしてしまうような気がする。

団長が来るまでどっかに隠れていよう。団長さえ来れば、絶対どうにかなる。なんとかしてくれる筈。

そう、根拠のない自信に押されるように私も階段を駆け下りた。


小型船に満員電車のように詰め込まれた女の子達を見て、一先ず安心する。

小型船の入り口に立っているのは、私と走ってきた女の子。その背に向かって声をかけた。


「これで全員乗れた?」

「うん、ありがとう」

「…?ほら、あなたも早く乗って」


私が女の子の背を押そうとすると、女の子は背を向けたまま「私はいいの」と呟いた。


「え?なんで?逃げたいんじゃなかったの?早くしないとあいつら来ちゃうよ!」


ここまで来て、何訳分からないこと言ってるんだこの子。
団員達の足音はもうすぐそこまで迫って来てるのに。


「大丈夫、この場は私がなんとかするから早く船に乗って!」

「いいから、早くこのまま船を出して!」


突然怒鳴りつけるように女の子が叫んだ。私は何が何だか分からず、ぽかんと女の子を見つめる。
なんだ、自暴自棄にでもなったのか?

未だ頭の上で?を浮かべている私を振り返り、女の子はまた怒鳴る。


「そのレバーを引けば小型船が出るんでしょ?早くそれを引いて!」

「あなたも乗ってなきゃ意味ないじゃん!私はあなたも含めて助けにきたん「とっとと引けって言ってんのよ!」


怒りに顔を歪め、拳を震わせながら叫ぶ女の子に思わず息を呑んだ。小型船に乗り込んだ女の子達も皆、怯えるようにして此方を見ている。


「早く!」


私はその女の子の尋常じゃない態度の豹変ぶりに怯えながら、レバーに手をかけ、そして引いた。

扉がシューッと音を立てて閉まり、小型船が動き始める。不安げな顔をした女の子達が見えた。
進路は自動設定とかでなんとかなるだろう。
そうして船は私達の目の前から遠ざかって行く。

その様子を女の子は無表情で見つめていた。この子、一体どういうつもりなんだろう。
でも、とにかく今は隠れなきゃダメだ。


私はため息を尽きながら女の子の腕を引っ張った。しかし、女の子はその場から動こうとしない。


「隠れなきゃ、あいつらに見つかったら殺されちゃうかもしれないよっ!」

「触らないで」


「!?、そんなこと言ってる場合じゃないの!団長が来るまで、」


続きを言えなかった。「団長」という言葉を口にした瞬間、女の子は血相を変えて振り向き、私の右頬に拳を突き出したのだ。

鈍い音とともに反転した視界。次の瞬間、冷たい床に這いつくばっていた。ジワリと口の中で鉄の味が広がる。


「動かないで。変な真似したら、撃つから」


ガチャリ、と突きつけられた金属音に恐る恐る顔を挙げれば、私の眉間に冷たい銃口が当てられた。

その銃の先には、さっきまで必死になって一緒に走ってきた女の子。「お願い、どうか助けて!」なんて部屋の前で縋る様に叫んだ時とはまるで別人みたいに冷たい目をしてる。


「どうして…?」


そんな言葉くらいしか出てこなかった。そうか、これがさっきから頭のどこかて引っかかっていたことだったんだ。

馬鹿だな、私。また騙されちゃったよ。

自嘲気味に笑ったら、ポロポロと涙が零れた。悔しいやら、悲しいやらでなんだかもう、何を信じればいいか分からない。

今から思えばおかしな点なんて幾つもあった。だいたい、自分を攫った組織の中で誰かに助けを求めるだろうか。それも真っ先に私の部屋の元にかけて来るなんて、普通じゃありえない。それに、助けに来た時の女の子達の反応も変だった。目の前の女の子が助けを呼びに一人で檻を出たのなら、もっと待ち焦がれたような反応をしてもいい筈。なのに、女の子達はまるで初めてあったみたいに状況を呑み込めていなかった。
あと、南倉庫とそれまでの道のりに団員が一人も居ないってことも、おかしかった。
あぁ、きっと挙げたらキリがないだろう。

あれほど部屋を出るなって団長に言われてたのに、守らなかったからバチがあたったんだね。


階段を荒々しく駆け下りて来る音。「ご苦労だった」と、団員の誰かが目の前の女の子に声をかけた。


銃を突きつけられたまま、そっと周りに目をやれば360度私を武器を持った団員達が取り囲んでいた。




あぁ、終わった。

そう、思って目を閉じた。
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