icebound shangrila
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あれから、随分時間が経った。
でも、俺の自室はあの日、あいつが消えた日のまま。
もしかしたら、ひょっこりあの扉から顔を出して「新入りの雑用です」なんてヘラヘラ笑いながら入ってくるような気がする。
ボフン、と仰向けに倒れたのはあいつの使っていたベッド。枕に顔を埋めてみたけれど、もうすっかりあいつの匂いは消えていた。
でも、確かにあいつはここにいたんだ。
それだけが、空っぽになった毎日を繋ぐための俺の背を押した。
今でも鮮明に思いだせる。
あの時、自分が一人の女も守れない、と思い知らされた気分だった。
飛び込んだ南倉庫の下の階で目にした光景に、思わず息を飲んだが、次の瞬間滅多に出さないくらい声を張り上げて叫んでいた。
もう、どうでもよかった。渇きを癒す戦いも、団長としての体裁も、何もかも。
ただ、目の前のあいつを失いたくない。その一心で拳を振るった。
背後で聞こえた銃声は、自分に当たった訳でもないのに、聞こえた瞬間俺の心臓を貫くように鈍く響いた。
あの時感じたどうしようもない感情の名前なんて、もうとっくの昔に忘れたつもりでいたのに。
その場の団員を捩じ伏せて駆け寄れば、血を一滴も垂らしていない無傷の状態で俺を見上げてくるあいつの姿があった。
声をかけながら、異変に気づいたのは直ぐのこと。
身体が、透けている。
なんで、なんて今更だ。
その意味も全て分かっている、つもりでいた。だけど、いざそれを目の前にしたら頭の中が真っ白になって、受け止めることを拒否した。
まるで、もうサヨナラみたいに泣くように笑ったあいつ。どうしようもなくなって、夢中で手を伸ばしたけど、俺の両手は虚しく空を切った。
もう、触れることもできなかった。
自分より少し高い温度を感じることができないまま、あっという間に光に包まれて薄れていく影に向かって、初めて名前を呼んだ。
言葉で呼んで初めて、今まで自分がその名を呼びたくてどうしようもなかったことに気がついた。
もっと、いっぱい呼んでおけばよかった。
仰向けのまま、あの日空を切った俺の手を思い出しながら、自分の右手を見つめた。
あの日から何回もこうしている。
そうして自分に言い聞かせる。
確かにあいつは居たんだ、と。
変わらない現場にため息をついてむくりとベッドから起き上がり、窓辺に向かった。
いつも真っ暗な窓の外、その手前に置かれているのは持ち主を失った砂時計。
あの日からまた砂の落ちない砂時計になってしまっていた。
それを手にとり、星明かりに透かして見た。
そろそろ切り替えなければいけないとは、思っている。
これを壊して捨てたら、少しはこの胸の痛みが和らぐかな。
フッと、鼻で笑って馬鹿馬鹿しいと自分を責めた。
冷たい壁に背を預け、チラリとみた時計の針。
あぁ、もうこんな時間か。明日は任務で朝早いってのに。
砂時計を窓辺に戻そうと手を挙げた時、スルリとそれが俺の手を抜け落ちていった。
不自然さを感じるくらい、簡単に落ちた砂時計がカシャンと音を立てて砕けたのと、時計の二つの針が12で合わさったのはほぼ同時だった。