icebound shangrila

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ドタン、と冷たい床に体が打ち付けられた。一瞬気を失っていたのか、眠っていたのか、急に意識が戻ったような感覚に陥って目を見開く。今、私がビタっと這いつくばっている床は、明らかにあの骨董屋の床ではない。随分と見覚えのある床だ。


あぁ、そうか。夢見てたのか私。なんでいつもいつもこんなにリアルな夢を見るんだろう。あんな、寒いとかいう感覚あったし、近所の店に買い出しに行く夢とか現実的すぎだろ。
ていうか、ベッドから落ちるほど私こんなに寝相悪かったっけ?

冷えた床からゆっくり体を起こすと、ピキピキと背骨が鳴り、同時に鈍い痛みが広がる。


「アイタタタ、」


ぽんぽんと腰を叩きながら、小さく呟いて立つのを諦めた。
仕方ない、四つん這いでベッドに戻ろう。

顔を少し上げれば、お目当てのベッドがすぐ目の前にあった。あぁ、あったかそう。早く飛び込んでぬくぬくして、さっきまでの変な夢を忘れてしまいたい。


アレ私のベッドこんなに白くてデカかったっけ、なんて思いながらもベッドによじ登った。

うっはー!フカフカだー!両手でわしゃわしゃと布団を探る。と、ごつごつした物に触れた。

フワフワのベッドの筈なのに。



なんで。



瞑っていた目を薄く開ける。でも目の前には白いシーツしか見えない。

パチパチと数回瞬きをして、もう一度自分の下敷きになっている布団をバフバフと叩いてみた。すると、


「…う…ん、」


下からくぐもった唸り声が聞こえてくるではないか。
絶対、野獣か何かだ。私の部屋の私のベッドの中に野獣が潜んでいるのだ間違いない。どうしよう私一人暮らしだぞ。取り敢えず、武器になるもの…何かないかな、あっ!この見知らぬスリッパとか役に立ちそう!…よし、両手に装備完了!いざ………いやいや、でももしかしたらこれは、あれかもしれない。白雪姫的な感じで、掛け布団をめくればそれはそれは美しい姫君が出てくるかもしれない。だとしたら、彼女は恐ろしい森(都会)から命からがら逃げてここに辿り着いた精神的に満身創痍なお姫様に決まっている!いや、でもそうと見せかけて赤ずきんちゃんのオオカミ的な展開もあり得る!どうしたらいいの私はどうしたらいいの?っていつの間にか喋っちゃってた私!」


起きちゃうよ野獣姫君!ていうかもう起きてるかもしれない!
ヤバイヤバイ早くこの装備したスリッパを解除するかしないか決めなければ!私がブツブツ言いながら布団の上で慌てていると、突然布団が跳ね除けられ、ギャッと短い悲鳴を上げながら再び床に転がり落ちた。

腰打った、超痛い。

私が涙目になりながらなんとか床に座り直すと、突然頭上で声がした。



「……小夜?」

「…え?」



その聞き覚えがありすぎる声に、心臓が止まったかと思った。

まさか。そんな、まさか。


ゆっくりと視線を上げていく。
声の主はベッドに膝をつく形で私を見下ろしていた。

チャイナ服を纏った華奢な体、袖から覗く白い腕、肩に垂れ下がった赤毛の三つ編み……


その一つ一つが、パズルのピースのように繋がってあの人と重なっていく。

最後にバチリと重なった視線は、海底のような深い青。
その瞳が揺れていた。



「だ、だんちょ…う?」



少し大人びたようだが、未だ少年のようなあどけなさを残した面影。


「…小夜、なの?」



スッと伸びてきた白い腕が、そっと私の頬に触れ、そこに確かに存在するということを感じさせられる。


「団長…」


何度も何度も寂しくて呼んでいた名前は、いつものようにちゃんと言えず、出た声は掠れていた。


それ以上の言葉が出なくて、私も目の前の団長に手を伸ばして、その胸にすがりついた。
冷えた私の身体に移る熱は、確かに私以外の誰かの熱。

手に感じふ感触。これは夢なんかじゃない。彼は確かに、私の目の前に存在するんだ。


「う、ううっ!だんぢょうっ!」


気づいたら泣きじゃくりながら、必死にしがみついていた。あの頃とは違う。もう自分もいい歳なのに、幼い子供のように泣きすがった。

すると、ぎゅっと体が締め付けられると同時に、今度は身体中が自分のじゃない温もりに包まれた。



「……小夜、会いたかった」



くぐもった声が耳元でした。
微かに震える彼の腕に、そっと自らの手を添える。


「わ、私も、です…」



嗚咽を堪えてそう答えると、私を抱き締める力が更に強まった。
私はさっきまでの身体の痛みなど忘れて彼の背中に手を回す。

夢じゃない。夢じゃないんだ。
私はやっと、会えたんだ。



「団長、私あなたのことが好、」


言いかけの言葉の続きは、団長の唇に攫われていった。
優しく触れるだけのキス。

そっと目を閉じて、ゆっくりと瞼を持ち上げると同時に視線が絡み合った。


「小夜、愛してる」


可愛らしいリップ音を立てて唇を離した彼は、まるで、先に言うのは俺だとでも言うようにニヤリと笑った。

そんな彼にクスリと笑みをこぼした私を、彼は再び抱きすくめた。



「…砂時計、割れてよかった」

「えっ!…どうしてそれを…?」

「割れた時は凄く焦ったけどね」



疑問符を頭に浮かべた私の髪を指で梳いた彼は、なんでもないよと笑う。
その笑顔に、私もそんな疑問はどうでもよくなった。

これからもずっと、一緒に居れたらいい。

暫く互いの存在を確かめ合ってから、夢じゃないことを祈ってゆっくりとベッドに体を沈めていった。











翌朝、目を開いて真っ先に飛び込んできた赤いアホ毛と幼さの残る寝顔に、私はクスリと小さく笑った。




『Icebound Shangrilaend』END


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