Chocolat

□BitterSweet(2)
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心地よい温もりに包まれ、淡い陽の光の気配がした。

鼻先をくすぐる甘過ぎない香水の香りと、身体に触れる柔らかくて滑らかな感触に、ブラスターは薄く瞼を開けた。
「………、どこだ、ここ」
ぼんやりとした視界に映った、見覚えのない部屋の景色に、呆然とする。
だが、視線を下げた先、自分の傍らで眠る女性を確認し、一瞬思考が停止した。
「……あぁ、…なるほど、ね」
ようやく昨夜の事を思い出し、枕に頭を沈ませる。

昨夜、バーで久しぶりにセフレである彼女に逢い、彼女の言葉のままに彼女の部屋に行き、そして彼女を抱いた。
1ヶ月ぶりに女性を抱く感覚にやたらと興奮して、少し無理をさせたかも、と、今更ながら思う。
見れば、彼女の鎖骨付近や胸元など、昨夜自分がつけた鬱血の痕が幾つか残っていた。
決して、独占欲から痕を残したわけではないつもりだ。
だが昨夜は、彼女に痕を残したくてたまらなくなった。
噛み痕こそ残してないものの、まるでデスペラードが自分に痕を残すようだと、ぼんやりと思った。
「……、やば」
デスペラードの事を思い出したところで、自分の身体に残るデスペラードのつけた痣や噛み痕の存在も同時に思い出す。
慌ててベッドから出て、床に散乱した服を拾い集めて着る。
噛み痕を見つけられても、まさか男につけられたなんて発想は出てこないだろう。
だがそれでも、見られたくないものは見られたくない。
「………」
女を抱いて、だが男にも抱かれ、自分は一体何なんだと思う。
そもそも、何故自分は黙ってデスペラードに抱かれているのか。
マイスターが言ったように、本気で抵抗すれば跳ね退けられるはずだ。
あぁマイスターといえば、そういえばマイスターにバレたんだったな……、ちくしょう。

ぐるぐるとまとまりのない考えを巡らせながら、ため息をついて部屋を見渡す。
昨夜は部屋に入って早々に彼女をベッドに押し倒したのであまり気にしていなかったが、改めて見てみると本当にシンプルな部屋だ。
寝室であるこの部屋には、壁に何着か服が掛けられ、ベッドと、ベッド脇に小さな棚があるだけ。
棚には幾つかのアクセサリーと、リボルバーが一丁だけ憮然と置かれていた。
扉の隙間から見えるメインの部屋もシンプルで、これといった装飾品もない。必要最低限、シンプルを通り越してむしろ殺風景だ。
彼女らしい、と思う。

「……」
振り返り、ベッドの中の彼女を見る。
美人で、スタイルが良くて、強くてドライな性格。いい女性と関係をもったものだと、我ながら思う。
だが、あくまで身体だけの関係だ。
それ以上でも以下でもないし、またそれ以上の感情を持つわけにはいかない。
身体だけ。お互いにその事を前提でセフレになったのだ。それ以上の関係になる事は、お互いに望んでいない、…はずだ。

「………」
これ以上、彼女のいるこの部屋にいると、いろいろとまずいかも、と感じる。
簡単に服を整えていれば、ベッドで眠っていた彼女が目を覚ましたらしい、身を捩り起き上がった。
「………、帰るの…?」
「……、あぁ、うん」
出来れば彼女が眠っている間に出ようと考えていたため、内心でやれやれとため息をつく。
「…痕、ごめん」
自分の鎖骨付近を指差し、昨夜つけた痕の事を謝れば、彼女は首を横に振った。
特に気にした様子もない彼女のその素振りを確認し、床に転がっていた財布をズボンの後ろポケットに突っ込む。
「じゃあ、またね」
「…、」
じゃあね、と言おうと口を開きかけたところで、彼女に先を越された。
「……じゃあね」
彼女のドライな反応に安心しつつ、心のどこかで僅かに残念に思いつつ、部屋を後にした。




「……、寒…」
予想よりも肌寒く感じた外気に、思わずジャケットのポケットに手を仕舞い込む。
慣れない道を歩きながら、今さらだが彼女の部屋で時間を確認し損ねた事を思い出した。まだ午前中だろうか。

しばらく歩いたところで、いつも歩く路地裏に入る。
日の入らない裏路地は更に寒く、だが同時に、閉鎖的な空間がどこか安心出来た。
自室であるアパートの2階に上がり、鍵穴に鍵を通す。扉を開けた先、玄関にはウェスタンブーツがあった。
「……、…」
僅かに静止したが、自分もブーツを脱いで部屋に入る。
案の定、部屋にはスペラードがいた。
机に向かい、煙草をくわえたままリボルバーの手入れをしている。
「………」
特に声を掛ける事なく寝室へ歩みを進めれば、デスペラードが視線だけ寄越してきた。
「香水臭い」
「……そう?」
ギロリと睨まれるが、軽く流して寝室へと入る。
寝室にある時計を確認すれば、時刻は11時を回ったところだった。



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