Short -2

□檻の部屋
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ガチャン、と少し重みのある扉の開く音、そして閉まる音が聞こえた。
続いて、ゆっくりとした足音がこちらに近付いて来る。
重い瞼を何とかして抉じ開け、ベッドの上のブラスターは、傍らで足を止めこちらを見下ろす、この部屋の主である男、マイスターを視界に映した。








「おはよう、よく眠れた?」
優しい声色で問われ、前髪を撫でられる。
「……っ」
思わず顔を背け、男─マイスターの手を拒絶すれば、マイスターはすぐに手を引っ込めた。
その事に僅かに安堵したのも束の間、ぐいと顎を掴まれ、強引に視線を合わせられる。
「挨拶くらいちゃんとしなよ、寂しいじゃん。ね?ブラスター…」
確かめるように名前を呼ばれ、嫌悪感から男を睨み上げる。
「最高、そのかお」
「……」
「もっとよく見せて、ブラスター…ね?」
「っ、く…」
嬉しそうに歪められた表情のまま、顎を掴んでいた手が喉に移動し、喉を掴まれた。
すぐに襲ってきた息苦しさに、弱々しくマイスターの腕を掴む。
「あっはは、ねぇ全然腕に力入ってないよ」
「…離、し……っ、」
「ねぇねぇ、このまま両手でぎゅーってしたら、きみ死んじゃうね…そんなのヤでしょ?ねぇ…」
「っぐ…!」
ねぇ、と更に喉を掴む力が強くなる。どうしようもなくマイスターに喉元を晒し、足が力無くシーツを擦る。
「ねぇ、じゃあさ、名前呼んでよ、僕の名前……ね?」
ねだるように言いながら顔を近付け、そのまま顎を甘噛みされる。
「…っ、マイ、スター……、っ」
息苦しさから逃れたくて、呼びたくもない男の名前を切々に呼ぶ。
するとマイスターは満足そうに笑い、喉から手を離した。
「っゲホ、げほ…っ!」
息苦しさから解放されて咳き込む。
顔を上げれば、マイスターが浮かべるその笑顔に、鳥肌が立った。
生理的な涙が滲み、きつくベッドのシーツを握り締める。
同時に、ジャラ、と小さく金属音が鳴る。手首に嵌められている手枷の鎖。
鎖は、ベッドに繋がれていた。

絶望感の中で、強く願う。

──ここから解放して欲しい。




ブラスターは、二週間前まで皇都軍の守備部隊の精鋭だった。
だが二週間前、カルテルと交戦中に負傷し、誤って海へと落ちてしまった。
そしてそのままアラド大陸に落ち、この男、マイスターに助けられた。
最初は親切に世話をしてくれるマイスターに感謝をしていたが、途中から違和感に包まれていった。
マイスターの、自分を見る眼が不気味に感じるようになった。
そして、痛み止めの薬だからと飲まされ続けていた薬が、途中から痛み止めのそれではないと気付いたのは間もなくしてだった。
逃げようとすれば、強引に筋弛緩薬を打たれ、手枷を嵌められベッドに繋がれた。
以来、監禁状態が続いており、自由を完全に奪われてしまった。マイスターの、お気に入りの玩具のような存在にされたのだ。





「いい子にしてたらさ、僕もきみをもっともっと大事にするよ」
子供を甘やかすような声色で髪を撫で、ベッドに乗り上げたマイスターが馬乗りになってくる。
手枷に繋がれた鎖の長さにはある程度の余裕があったが、たまに打たれる筋弛緩薬と、断続的に飲まされている妙な薬のせいで抵抗する力はもう無かった。
「僕の大事なブラスター、もっとよく顔を見せて」
この男は狂っている。
「…っ触るな…」
「どうして?僕に触られるの、そんなにイヤ?ねぇ、答えてよ」
「……っ、」
身体を寄せ、優しい手つきで目にかかっていた前髪をよけられる。
不安の色を僅かに覗かせながら、それでも歪な形の笑みを浮かべるその表情に、背筋がざわついた。
「答えて、ブラスター」
「…っ、…」
「僕だって不安になるんだよ、ねぇ答えてよ」
「…、……」
「ねぇ、…………
 ッ答えろっつってんだよ!」
柔らかい声色から一変、突然マイスターが大声で怒鳴り、右頬を殴り付けてきた。
「ッぐ、ぅ!」
何の覚悟もなく殴られ、余りの痛みに重い腕を動かして殴られた右頬を押さえる。
「……あっ…、ごめん!ごめんね、ブラスター!痛かったよね、ごめんね…!」
「…っ」
だが、再びコロッと様子を変えたマイスターが、今度は本当に申し訳なさそうに殴った右頬を撫で、顔を包む。
「ごめんね、許して。もうしないよ、ごめんね…」
消え入りそうな声で許しを乞いながら優しく頬を撫でられる。
眉根を寄せ、不安そうに、そして本当に申し訳なさそうに謝る姿に、ぞっとする。この男の思考回路はどうなっているのか。




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