眠りの邪魔をされるのは嫌いだ。
人の睡眠には2種類あるらしい。深い眠りと、浅い眠り。
どちらの眠りにせよ、中断させられるのは嫌だ。
これは全人類共通だろう。
やや乱暴に扉が開閉する音が聞こえ、続けてガタリと派手な接触音が耳に届いた。
僅かな金属音も響き、廊下を歩く足音から、同居人が帰って来たのだと悟った。
同居人のそいつは、何を思ったのかリビングの灯りをつけた。
「…っ、…」
リビングで酒を呑み、そのままソファで眠っていた自分に、容赦ない光が降り注ぐ。
「……ただいま」
「………いま何時だと思ってんだよ」
「…3時過ぎ」
自分を確認して小さな声で言われた挨拶に、少し腹が立った。
何がただいま、だ。ちょっといろいろおかしいだろう。
「…ごめん、部屋にいるかと思って」
同居人はそう言って冷蔵庫を開け、ペットボトルのままミネラルウォーターを飲む。
何口か飲んだと思ったら、そのままシンクでミネラルウォーターを右腕に流し始めた。
何してんだ、と思うと同時に、僅かに血の匂いが立ち込めている事に気付いた。
「……怪我したのか」
「…少し」
上半身だけ起こして聞けば、予想通りの答えが返ってきた。
「…そもそも何しに出てたんだ」
「……関係ない」
何があったのか聞き出そうとすれば、はっきりと突き放された。
ピリピリしてるな、と思う。
同時に、血の匂いがモンスターのそれの匂いとは違い、恐らく人のものだと気付いた。
人を殺したのか、と淡々と血を洗い流す同居人の姿を見る。
「…ブラスター、」
起き上がり名前を呼べば、鬱陶しいと言わんばかりの眼で睨まれる。
そのまま歩み寄り、薄い血の色になったシンクを覗く。
「…デスペラード、近い」
距離が近い、と肘で身体を押される。ちょっと痛いぞ。
血を気にしているのだとすぐ分かり、少しだが離れればブラスターは満足したようだった。案外単純な男だと思う。
ブラスターは何でもない様子でタオルで腕を拭き、袖を伸ばして傷口を隠す。ちゃんと消毒しろよ。バイ菌ナメんなよ。
「酒でも呑むか?」
軽口を叩くように誘えば、ブラスターの眉間に皺が寄る。
「…デスペラード、酒くさい」
「呑んで寝てたからな」
「俺は御免だ」
きっぱりと断られ、肩を竦めた。
「酒は適度な量なら身体にいいんだぜ。いい薬になる」
服に血の滲んでいる右腕を指差せば、鬱陶しそうに払われる。
「クスリ違いだ」
淀んだ眼で言われる。ラリってんのはどっちだよ。
何かやらかした日には、どうにもこいつは危なっかしい。放っておいたら、ふらふらとどこかに消えてしまいそうだ。
「いいから、呑もうぜ」
関わりたくはないが、関わらないわけにもいかない。だが深く関われば命が危ない。どこまで入り込むかが難しい。
とにかくこのままにしておくのはまずい、とブラスターの腕を引けば、意外にも振り払われなかった。
ソファに座るよう促せば素直に座り、酒を差し出せば素直に口をつける。
その様子に、素直になったのではなく、ただ反抗する事に疲れただけだと分かった。
「酒、どうだ。うまいか?」
「……悪くは、ない…」
淡々とウイスキーをロックで呑む姿に少し不安になる。確か酒はそんなに強くなかったはずだ。
「なぁ、」
「デスペラード」
大丈夫か、と訊こうとしたら名前を呼ばれた。少しびびった。
「なに、どうし」
「……何にも」
「…ブラスター?」
不審に思いブラスターを見れば、人形のようにコロンと床に倒れた。
「ちょっ、え、」
慌てて確認すれば、眼は固く閉じられており、眠ったのだと分かった。
眠ったのか、気絶したのか。そこはちょっとあやふや。
「……怖いね」
ブラスターの右腕から滲む血の量は少しずつだが増え、よく見れば返り血らしい血痕が服に幾つか付着していた。
「…お前危ねぇんだよ、バカ」
何となく口から出た言葉が部屋に小さく響く。
いつか、このどこか欠けた男が道を間違える時が来れば、首輪を着けてでも力尽くで阻止しようと、密かに心に誓った。
─イントリーグ 2─
当初の予定と外れて妙な話になってしまったので、ボツにして書き直し(´oωo)