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□2月13日の出来事
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バレンタインのチョコレートには、色々な種類がある。
本命チョコはもちろん、義理チョコや、最近は友チョコなんてものも。
──だからといって、男の俺が男のあいつにチョコレートを渡すのは、やっぱりおかしいよな…?











「…チョコレートばっかり」
バレンタイン前日。
最後の追い込みと言わんばかりに店先に並ぶチョコレート。
誰もが知る高級メーカーのチョコレートから、ワンコインで買える安価なチョコレートまで、ピンからキリまでずらりと並んだそれを眺めながら、メイジの少年はため息をついた。
「…どれにしよう」
思わず呟いて、我に返る。
「いや…やっぱりおかしいし…」
自分の呟きに一人で答え、それでもチョコレートが並んだ棚の前から、メイジは動けずにいた。


チョコレートを渡したい相手がいる。
だが困った事に、その相手は同性だ。
ミドルオーシャンを隔てた世界、天界から来た長身のガンナーだ。
数ヶ月前に出会ったそのガンナーには、ダンジョンやクエストで何度も世話になり、助けて貰っていた。
だが、見た目が実年齢より幼いとはいえ、男の自分が同性のガンナーにチョコレートを渡すなんて、明らかにおかしい。
義理チョコを渡すにしても、やはり性別が邪魔をする。
いや、そもそも義理チョコじゃなくて、……いや、
「…義理チョコ、だし」
ぐるぐると勝手に頭の中で巡る思考に、やはり自分で答える。
渡したいのは義理チョコだ。義理チョコに決まっている。
本命チョコなんて有り得るわけがない。同性を好きになんてなっていない。
しかし、やはりどのチョコレートにせよ、性別の壁は厚い。
軽口を叩きながら友チョコなんてものを渡せるほど、フランクで親しい間柄でもないのだ。


どうしたらいいのだろう。
チョコレートを渡したいのに。
いや、いや、違う… そんなに渡したいわけじゃ…
「はぁ…」
「…何してる」
「っ!?」
堂々巡りの思考に思わずため息が出て数秒。
突然頭上から少し低い、落ち着いた声が降ってきて飛び上がりそうになった。
「あ…」
驚いて振り返り見上げ、同時に心臓が大きく鼓動する。
そこには、たった今ぐるぐると巡る思考の原因だった男が立っていたのだ。
自分より何十センチも高い身長、手足が長くすらりとした身体のラインを持ち、肩と足にはガンナーである証のホルスターに収められた銃。
チョコレートを渡したい、そう思っていた、天界人の男だった。

「…チョコレートを買うのか」
「ちっ、違ぇよ!」
普段と変わらない落ち着いた声色で、だがしかし今の自分にとって核心を突くような事を問われ、思わず大声で答えてしまった。
確かに今の自分は客観的に見て、チョコレートを買うかどうか店先で迷っているように見えるだろう。だが、
「チョコレートなんて、男の俺が買ってどうすんだよ」
「…そうか」
仏頂面で答え、傍らに立つガンナーの表情をそっと盗み見る。
だが、普段から無表情に近いその男は、やはり今も変わらず無表情だった。
整ったその顔立ちを、無意識にぼんやりと見やる。
チョコレートを渡したい。でも、どう言って渡せばいい? 第一、渡す勇気もないのに。
「ここにいろ」
「…?」
先ほどから一切進歩していない、まとまりのない考えを一人で巡らせていると、ガンナーの男は一言だけ言い残して店内に消えていった。
不思議に思い店内を覗けば、ガンナーは迷う様子もなく何か商品を一つ手に取り、店奥に行き見えなくなった。
買い物をするのはいいが、何故自分を店外で待たせるのか。少し、寒い。
ふと空を見ると、ちらほらと雪が舞っていた。
「……」
視線を元の高さに戻すと、同じように店先に並ぶチョコレートを買って行く女の子の姿が見えた。恋人や、片思いの相手に渡すのだろうか。
羨ましい。──すぐにそう感じた自分にため息をついた。




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