book

□So Neutral
1ページ/1ページ



こんなに間が空いたのは、きっと初めて。

「ごめんね、大吾。」

いつもより、少しだけ高い花を供える。
あんたが綺麗だと褒めてくれた着物で。
後ろめたい気持ちを隠すように
化粧をしたら、なんだか濃くなった。

きっと笑われるね。
似合わないって。




少なくとも二週間に一遍は、
こうして墓参りに来ていた。
休みは週に一度しかないから、
やらなきゃいけないこともたくさんある。
それでも、定休日には
だいたい早起きして、

会いに行った。

もちろん、本当に会えるわけじゃない。
でも会いに行く、ということにしていた。

結婚してから、二人で出かけることなんて
あんまり無くて、実は少し寂しかった。
だから、出逢った頃みたいに、
お洒落をして会いに行くのが、
ひとりぼっちになってしまった私の、
小さな楽しみだった。

それが、一ヶ月以上空いた。

どうしてかって。
ありえないけど、今もしも大吾が現れて、
そう問われたとしたら、
私は答えに詰まってしまう。

あんなに好きで好きで、
失って悲しくて悲しくて、
返してよ、と泣き続けたのに。

目の前に現れたあんたに、
はたして何の迷いもなく、
抱きつくことができるだろうか。
考えてしまう。

どうしてかって。

ねえ。





日はだいぶ高くなり、
墓地のある緩やかな丘を下っただけでも
額にはうっすらと汗が滲んだ。

久しぶりだったけれど、
特別に長居することもなかった。
そんな些細なことが積み重なって、
やがて大吾から離れてゆくのかな。
全てだったのに、忘れてゆくのかな。

そんなの、嫌だよ。

寂しい。悲しい。

私が他の人を、




好きになってしまったばっかりに。




昨日は来なかった。
ここの所ずっと、図ったかのように
定休日前夜に店の戸を引き、現れた彼が。

何かあったのかなと、不安が巡って、
一人で寝る布団がやけに広く感じられて、
あの長い髪が、とても恋しかった。

だけど、

私は彼の何でもないし、
彼は私の何でもない。

私たちが一緒に居る理由などない。
突然、もう一生会えなくなってしまっても
なんの不思議もない人なんだ。

そんな彼の存在が今じゃ、
大吾より大きなものになりつつある。

大吾を忘れたくはないけれど、
彼には傍にいてほしい。

これが本音だ。

もう自分に嘘がつけなくなって、
楽になろうとして、認めたはいいが、
ちっとも楽になんかなれない。
なっちゃいけないのか。

こんなに最低なんだもの。

街の喧騒に紛れて歩いて帰ってからも、
その日はずっと、二人のことを考えていた。
なるべく同じくらいに、なんて、
私は大層な馬鹿だと思った。







それから一週間を悶々と過ごした私の前に
今、ひたすらに蕎麦をすする男がいる。

やっぱり現れた。

本当は嬉しくてたまらなくて、
心底ほっとしているくせに、
なんともない風を装う。

先週はどうしたの、とは聞かない。
だって、訳なんて私には知る由もない。
ただ来てくれたら、生きていてくれたら、
それで充分だと思う。

「幾松殿…俺の顔に何か付いているか。」

そう指摘されて、焦って我に返る。
手元の食器に視線を落として、
ごしごしと拭き直し始めたが、
最早とっくに水滴など無い。
それでも、他に何をしたらいいかわからず、
乾いた食器を拭き続けた。

何か言いたげに一部始終を見ていた彼に、
全てを見透かされていたら、と怖くなる。

「…どこか、具合でも悪いのか。」

具合は、ずっと悪いわ。
大吾を失ってからずっと。
あんたに出会ってからもずっと。

苦しいのよ。けど、

「俺に会えなくて、寂しかったか。」

そんな言葉、適当に流せばよかったのに。
何言ってんの、そんな訳ないでしょって。
きっと彼もそういう返答を想定したはず。

なのにどうしてか、それができなくて、
けど、認めることもできなくて。
長らく沈黙してしまった。

「あんたは…どうなの。」

殆ど無意識に口をついた言葉が、
空気を伝って、彼の耳に入ってしまう。
恐らく予想外であろう私の反応。
二、三度ゆっくりと瞬きをした彼が、
ゆっくりと息を吸う。

私はまた乾いた食器を見つめる。

「俺は…そうだな、寂しかったよ。」

ああまた、私の心に占める大吾の領域が、
狭まってゆく。もう止められない。

そんなこと思っている時点で、
私はどっちつかずなのかな。
すごく、苦しい。

だけど、紛れもなく嬉しい。

「ちょっと身動きが取れなくてな。早く、この蕎麦を食べたかった。」

柔らかく紡がれた言葉。
まるで、震える背中に優しく、
毛布をかけられるようで。

「結局蕎麦かいっ。」

食器たちを棚にしまうことができたのと、
彼が蕎麦を平らげたのはほぼ同時だった。

丼を下げようとして伸ばした手に、
彼の手が重なる。

「よかった、いつもの幾松殿だな。」

そう言われたら確かに、
やっと私らしい、というか、
いつも通りの受け答えができた気がする。
彼は鈍感そうに見えるけど、
私があれこれと考え込んでいたのを、
見抜いていたのかもしれない。

ごかまし笑いを一つ返し、
緩く握られていた手を離して
再び丼を下げようと試みるも、
また妨害された。

「俺の問いには答えてくれないのか。」

動きを止めた私の代わりに、
丼は、立ち上がった彼の手によって、
調理台の上に戻される。

さっきまで見下ろしていた瞳を、
今度は少しだけ見上げることになる。

深く透き通っていて、
あ、大吾に似ている、と思ったりした。

「どうだろね。」

自分でもわかりかねたから、そう返した。

寂しかったといえば、寂しかった。
けど色んな感情が混ざりすぎて、
一概に、こうだったとは言い表せない。

そんな私を、知ってか知らずか、
素直じゃないなぁとか言いながら、
こちら側に回ってきた彼が、
自分で片付けを始める。

私も寂しかったよと言えば、
どんな顔をしたかな。


彼はとても華奢な肩をしている。
大吾に比べれば、だけれど。
こうして厨房で並んでみると、
それがよくわかる。

そんなことを思いながら、
手は無意識に伸びてゆく。

考えた所でどうしようもない。
過去に縛られる気持ちも、
今に縋りたい気持ちも、
封じ込めることなんて、できやしない。

大吾が遺した、この店で、
私は、大吾ではない人の背を抱きしめた。







終。
だらだらと長くて、結局何が言いたかったのかわからない感じですが、それが正解なのかもしれない運転。大吾さんについて詳しく知りたい。スポーツ刈りなのかな…


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ