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Ver,エル



(来るんじゃなかった。)

溜め息と共に今日何度目かの思考をめぐらす。
テーブルの上には焦げて黒くなった肉や、形のそろっていない野菜たち。
そしてたった今、また新たに料理?を手に持って嬉しそうにこちらに向かってくる青年。
机に皿が置かれた瞬間、思わず私の時が止まる。
…なんだい、これは。
スープのつもりだろうが、煮込みすぎたのか水分は蒸発し、もはや固体。
青年はにこにこと笑って料理の説明をするが、ごめんなんか色々分かんない。
しばらく説明を聞いていると、困惑しているのをなんとなく感じたのか、青年は眉を寄せて私の顔を覗き込んだ。

「どうかしたか?」

「ん?うん、何でもない…?」

「いや、何でそこ疑問系?」

二人で首を傾げた。



事の発端は先週の月曜日。
…何て事はない。
週明けでいらいらしていた私の行く先を拒んだのは、道の真ん中で大の字になって眠る青年。
幸い人通りのほとんどない裏道だったため、通報されずにすんだようだが…迷惑この上ない。
クソ忙しいこの時間帯にぐーすか気持ちよさそうに寝やがって。
私のいらいらは急上昇し、とりあえず青年の頭を踏んづけておいた。

「んべしっ!」

奇声を上げ、流石に起きたのか踏まれた場所を手で押さえて起き上がる。
ざまぁ…!
鼻で笑ってやると、青年は困ったように私を見上げた。

「…もっと優しく起こしてくれよ、お嬢さん。」

「もう一回寝る?」

少し足を上げてふらふら左右に振れば、ぐっと口を結んだ。
盛大に溜め息をつき、仁王立ちで腰に手を当てる。

「朝の忙しい時間にこんな所で寝てる方が悪い。
人の迷惑も考えろ。」

「朝………?」

一瞬きょとんとした後、さっと顔色が青くなる。
Why…?

「今何時!?」

「!!?」

がばりと立ち上がると、物凄い剣幕の顔が物凄い勢いで近付いてきた。
怖いっ!!

「は、はちじですが…。」

余りの怖さに今までの怒りも忘れ、素直に答える。
少し雰囲気は和らいだようだが、まだ緊張した面もちで頭をかいた。

「やっべー…。
お嬢さん、起こしてくれてありがとな。
今度なんか奢る。
いつもここ通ってんのか?」

「えぇ、まぁ…。」

私の応えを聞くと、にこりと笑った。
今日始めての彼の笑顔に胸が高鳴る。

「じゃあ俺またここで寝てるから、優しく起こしてくれよ。
できれば口で。」

奴のすねを全力で蹴り飛ばす。
私のときめき返せ。
まぁその翌日、本当に道の真ん中で寝ていたから、とりあえず頭を踏んづけた。
…というのがこの一週間続き、どうしてか懐かれ、起こしたお礼にと彼のバイト先のレストランにお呼ばれした。



…そして、今に至る。
私が彼と初めて出会ったあの日、遅刻のし過ぎで『次遅刻したらクビ』宣告を受けていたらしい。
私のお陰でクビにならずにすんだと、何度もお礼を言われた。
…そして今日、この店の店長の心の広さを知る。
皿、一日で何枚割ってんだよ。
オーダー、一日で何回間違えてんだよ。
そして、何だよこの料理…。
明らかに君勝手に作ったでしょ。
いいの?イヤいい訳ないと思うけどさ。
今度こそこいつはクビにされるんじゃないかとこっちはヒヤヒヤものだが、当の本人は相変わらず嬉しそうにしている。
何、どうしたの。何がそんなに嬉しいの。
あまりにも嬉しそうで、「いいの?」の一言が言えない。
私がそうして悩んでいると、彼はまるでどこかの貴族の執事の様に、礼儀正しくお辞儀をする。

「どうぞごゆっくり、マドモアゼル。」

『お客様を特別な気持ちにさせる』という点ではサービスが行き届いている…とか冷静ぶりながら、どきどきと煩い心臓を握りつぶしてやりたい衝動にかられる。
だが彼が奥に引っ込んだ瞬間けたたましい騒音が店内に響き、私の不安を再び煽った。


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