2年後からの海

□ここから始めよう
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「ハァ…、ハァ……ハァ…ッ…」
 大の字に倒れたゾロが、汗の染みる目を瞬かせながら上空を見上げる。どこまで目を移せども、一日中曇りがちな島の空はとても無口で、今が何時頃なのかもサッパリわからなかった。
(いやしかし…)
 ―――どう考えたってそんなに何時間も経ってるはずがない。
(なのに、あっという間にこのザマかよ……!!―――――)
 ゾロはギュッと目を閉じた。たった今受けたミホークの斬撃を、その軌道を思い返そうとする。できればその全てを克明に思い出したい。けれどもそれらはまるで強い光の向こうにあるようで。すでに何一つ脳裏に浮かべることはできなかった。そうしてジリジリと襲われる、自分はスタートラインにすらいないというその感覚。とっくに覚悟は決めたつもりなのに、やはりゾロの内部では血が沸騰するような悔しさが荒れ狂った。
(鷹の目こいつ…あの時、…バラティエのあの時でさえ、全然、半分も本気なんかじゃ…っ…)
「……ロロノアお前、…ずいぶん体の回復が早いんだな…」
「あァ?!」
 息の一つも乱すことなく腕組みをしながら立っている男の声に、ゾロは反抗的な獣のような目を向ける。
「鷹の目てめェ…この期に及んで馬鹿にしてんのか!……正直、今すぐ起き上がることもできやしねェよ…」
「………。今この瞬間のことを言ってるわけじゃない。…ここへ来て何日が経つ?あの日のお前のボロボロさを見れば…こんなに早く、まともに剣が振れる状態になるとはとても思えなかったぞ…」
「え…」
 あの日…―――
 ふいにバーソロミュー・クマの姿が思い出されゾロの心臓がギュルリとのたうつが、ミホークにそれを悟られまいと、ゾロは絞り出すセリフだけでいきがった。
「それは…鷹の目、…目の前にお前がいるんだ。ただ指くわえて見てられっかよ。時間がもったいなくて体も勝手に治る…!」
「……ふーん…ロロノアお前、おれの元へ来たことは満足か」
「……ああ。腹決めたからにゃ、…骨までしゃぶってやらあ」
「!!…クッ、おっかないな。お前のように動物みたいな奴からそんなふうに言われると…まるで………」
 言いよどむミホークに、ゾロの疲弊しきった不自由な首が小さく傾げられた。
「…?……はあ?“まるで”?…何だよ」
「……まるで、口説かれてるみたいだ」
(――――っは?!?!)
「アッ…アホかくだらねえ!おれはそのテの冗談は好きじゃねェんだ。いいか?めんどくせェから今後も一切やめとけ」
「フン……知るか。なんでこのおれが、お前が好むかどうかをいちいち気にしなきゃいけない」
 というかお前、まだ起き上がることもできないのか?―――地べたで仰向けになったままのゾロにそう言いかけて、ミホークが再び唇を動かし始めた矢先。ゾロのほうが一拍早いタイミングでもう一度言葉を続けた、
「つーか鷹…お前みてェな奴でも、……そんなこと言うんだな…」
 どういうつもりで言っているのか、その語尾はゴニョゴニョと濁った。
「…“お前みたいな奴”とは?どんな奴だと思ってるんだ」
「あん?!」
「…いや、やはりもういい。本当にくだらないな」
「………」
「今日はここまでで終わりだ」
「はあっ?!待てよおれァまだっ、全然っ…」
 やっと体を起こしかけたゾロが、刹那、全身の痛みに顔を歪めた。
「詰め込めばなんでもいいというわけじゃないのはわかっているだろう?おれが終わりだと言ったら終わりだ。…あのムスメに今日の傷の手当もしてもらえ。それから…面倒がらずに風呂くらい入れ。お前、あまりにも砂まみれだ」
 一方的にそこまで言うと、ミホークはゾロに背を向けてその場を去ろうとした。その背中に向かってゾロが吐き捨てる、
「くそっ…ガキ扱いしてんじゃねえよ!」
「は………?」
 ミホークの歩みがピタリと止まり、無表情な目が振り返る。
「…なんだロロノアお前、ガキじゃなかったのか?それは聞いてみなけりゃわからないものだな、てっきりガキかと思っていたぞ」
「―――!!てめっ…いつかブッた斬る!」
「…ああ。楽しみにしている」
 静かに踵を返したミホークは、そのままもう振り向きはしなかった。
 
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