前半の海
□始まりの夜明け
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キッチンで仕込みをしていると、奴が無言で入ってきて冷蔵庫をあけた。
まあそれは特別なことじゃなく、よくこうしてやってくる。トレーニング後の水分補給にと、おれ様が考案してやったスペシャルドリンクがあるのだ。
これが船長だったら勝手に冷蔵庫を開けさせたりしないがな。
「………なァ」
おっと。話しかけてくるとは珍しい。
「んー?」
見ると奴はわざわざテーブルについてこちらを向いている。
「コック…お前、あの女どう思う?」
「あの女…?」
今さらナミさんのことじゃないよな。アラバスタ出て唐突にこの船に現れた…
「ロビンちゃんのことか?どうって…何まさか、恋愛相談?」
「んなわけあるか!ふざけんな」
「…。」
んなわけあるかどうかなんて知るかよ。
なんだろう。なぜか、胸にポチッとイラツキが浮かんだ。
「ムキになって…。気になるわけ?彼女が」
「何のんきなこと言ってんだ。お前と一緒にすんな」
ゾロは真顔だった。
「得体の知れない…しかも能力者だぞ。いきなり船に置くなんてルフィ…『悪ィ奴じゃねーから』って根拠あんだろうな」
「根拠っつーか…野生動物は生きるための勘があるから平気だろ」
おれは手を洗って奴の前に座った。
「ま。何にしろ心配したってもう同じじゃね?」
正面からゾロを見る。…まっすぐな目だ。よくもまあ年がら年中こんなまっすぐな目をしてられるもんだと、間抜けな感想を持ちつつその顔をジッと見つめてしまったおれに、ゾロが訝しげな表情を見せた。
「なんだよ」
「あ、いや…」
わけもなく急に照れくさい。
「恋愛相談かと思ったら違ったなーって。ハハッ」
「なんだそりゃ。しつっけーなてめェ。だいたいおれは昨日今日会った奴にいきなりそんな風にはならねェ」
――――は?
なんか今、恋愛観のぞかせた?そんなセリフを聞くとは意外。
ちょっと嬉しい。
――――は?
嬉しいか?おれ。
なんだ?今の感じ。
「…お前は冷静なんだな」
どういう意味で言ってんだかあまりわからないような温度でゾロが言った。
「あ?あー…まァあれだ、個人的になんにも困ってないからね〜。美しいものが視界に入るのは喜ばしいことだしよ…」
言いながらおれは、自分が最近もっと綺麗なものを見る喜びに耽っていたような気がふっとした。
でもそれがなんだったのかは思い出せなくて、その先に何を言おうとしたのかも忘れた。
それから何日が過ぎてもロビンちゃんが不穏な動きを見せることなどはなくて、むしろみんなを助けてくれている。それに何しろ美しい!空間が華やかだ。
チョッパーとナミさんあたりはすっかりなついて、もしロビンちゃんがいなかったらどうだったんだろうと思うくらい、よくつるんで仲良くしている。
おれはキッチンの入口の前で煙草をふかしながら、今も楽しそうにロビンにまとわり付くチョッパーのコロコロした様子をぼんやりと見た。
あいつは…どうなんだろう。
空島を目指して船に一体感のようなものが生まれている今、ロビンはもう「昨日今日会った奴」とは言えないだろう。
意外とあの二人、会話もしてるよな…。
あんないい女が毎日同じ船にいて、さすがの剣豪様もムラムラッと来ちゃうことはないんだろうか…
「いや待て待ておれ、一体何が言いたくて何を考えているんだ」
自分のおかしな思考に呆れて思わず独り言が出る。
いい女が、同じ船にいて…かァ。
あれ?そしたらおれはどうなんだ?んー…おれは花盛り19歳健康優良男児だが、そういやこの船に乗ってからそんな気分になったことはほとんどねえ。
とにかく毎日忙しいしなあ…
はっ。まさか…あまりの過酷な日々の中で、いつのまにか使い物にならなくなったってわけじゃあ…ねェよなァ?
おれは思わず自分のその部分に目を落とした。が、アホらしくなってすぐにかぶりを振った。
「おいサンジ!腹減った〜」
突然船長が表れる。
「あ…おやつできてるぞ。スマンちょっとボーッとし…」
言い終わる前にキッチンに消えていた。全くコイツは…。
おれは甲板に向かって叫ぶ。
「お〜い!ナミさん、ロビンちゃ〜ん!魅惑のスイーツ今持ってくからねえ〜v」