前半の海


□ハッピーバレンタイン
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「ばれんたいんでい…?」
「ああ。やっぱ知らないんだなー、お前。このグランドラインの島々でも習慣あるとこあるみたいだったぜ。買い物しながらそれっぽいの見かけた。まあバラティエなんかはデートにも使われることがあったから、あんなガラの悪ィ店でも一応そういうメニューもやったもんだ」
「んー?食いモンなのか?それは」

 サニー号の芝生の上。空は青。気候も温暖な昼下がり。こいつにとってはお休みタイムのはずだが、おれが隣りに座ってからはあくびの一つもしていない。ポツリポツリとだが、さっきからとりとめのない話に付き合ってくれているわけだ。
「あー…ゾロ、それが食い物ってわけじゃあないんだ。そういう日がある。日の名前だ。なんつーか…国によって違いもあるらしいが、恋人に花束とかチョコレートとか送ったりして、愛を伝える日らしいぜ」
思わず、急に伝聞調になる。おれもたいがい、そんなことの当時者になるような人生じゃなかったからな…

「へェ〜。チョコが食えるんだったらいいな」
「ははっテキトーだなテメ、とにかく食いたいだけだろ」

 笑いながらゾロの横顔を見る。何度見ても、未だに見とれてしまうその横顔を――

「…?なんだよ?」
「あっ…あーいや、その日が明日なんだよ。つまり日付が変わったらバレンタインデー。だから今夜は…バーでデートしようぜ。美味いチョコ食わすよ」
「ああ…そうなのか。ん〜…いいけど、水族館かー。誰かこねェかな?」
「みんな寝たあとなら、わざわざあそこに来ることないだろ」
「そうか?…わかった。じゃあ、そんときおれも寝ちまってたら起こせよ」
「え…」

フフッ、さりげなくデートする気満々か!天然なんだけどなー。ホント嬉しがらせるよなーこいつ。

「もちろん絶対起こすよ。…じゃあ〜な!おれ、夕飯とチョコレートの仕込みがあるから行くぜ。お前はよく昼寝しとけ!」


 みんな寝静まったサニー号。こんな時間にアクアリウムバーへ来るのは初めてだった。電気はつけずに中へ入ると、小さな水音の中で魚がきらめく。一瞬息を飲むくらい、とても幻想的な雰囲気だった。
「うわ…綺麗だな…」
おれとゾロはどちらからともなくそんな声をもらしていた。
 いやおれなんかは子供の頃からずっと海暮らしだし、今この視界に珍しいパーツなどないはずなんだがな。やっぱコイツといると、世界はなんでも特別に色を変えていく。そんな気がする…

「だけどお前のほうがキレイだよ」
おれはゾロの耳に軽いキスをした。
「………ばかか」
「ふふん。ああ、お前の前ではおれの全部が馬鹿だ」
「はァ…?何嬉しそうな顔してんだてめェ」
ゾロは赤くなって顔を逸らした。
「まあまあお兄さん、こっち座んなよ」壁際のソファに奴を導く。「シャンパン飲もうぜ。いいの用意してあんだ」
「……チョコは??」
「は?」
(プッ―――)
「子供かよ!がっつくなよ、ハハッ。あるぜ。待てよ…」

 おれは事前にキッチンから下ろしておいたそれらをリフトに取りに行った。そしてガラスの器に美しく並べた渾身のチョコレート達をゾロに差し出した。
「これは、ボンボンだ。中に酒が入ってるんだぜ。いろんな酒で作った」
「へェ…」
「食ってみ?」
おれはその一粒をつまんで奴の口に運ぶ。
「どうだ。クソうめェだろ」
「ああ…美味い」
「それでな、ゾロ」
 おれはシャンパンをラッパ飲みで口に含んでからそのまま奴に口づけて、口移しでそれを飲ませた。
「んっ…、ん?」
「これ作りながらさ、ボンボンってなんか、お前みたいだと思ったのよ。外側は甘〜くて、中身は酒で出来ている(笑)」

 言いながらおれは手を伸ばし、ゾロの頬から肩、腕、指先、そのまま太腿へスルリと滑らせた。
「そしてな、口に含むととろけていく。甘い味がする…」
「…甘い味とか、しねーだろ」
薄明かりの中で、真面目な顔をして奴は言う。
「それがするんだぜ、マイ・スイート・チェリーパイ♪」
「いやいやいや。なんだそれキモいぞ」

「フフフ…お前の中にたくさんシャンパンを入れて、ボンボンを作ろう。お前はボンボンだ」
おれはまた口移しで奴に飲ませた。
「…アホ!」
「いや待てよ…別の入口から別の液体もマメに注入してんな。そうしてみると、お前とっくに“サンジボンボン”だな」
「―――っ!!」
ゾロの奴が、口を開けて絶句した。
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