前半の海


□まどろみの午後に
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 晴れた午後。サニー号の一角で、バーベルを片手で持ち上げるゾロが素振りのような動作を繰り返している。近くに座り込んだサンジは、黙ったままその姿を見つめながら時々プワ〜ッとタバコの煙を吐く。

(…気になるっ―――)

 さっきからゾロの心はサンジの眼差しを無視することができなかった。だが、サンジが最初にそこへ現れた時に「なんか用か」とか、「何しに来たんだ」とか、そんなことを何一つ言いそびれたから、なんとなく今さら発する言葉を見つけられなくて、結局お互いずっと無言のままだ。

「………」
チラリとゾロが視線を向ける。すると当たり前のように、サンジと目が合った。
「あ………」

 サンジはニカッと笑顔を作ると、ひらひらと手を振ってみせる。

(こいつは――タチが悪い)

 そんなふうにゾロは思った。
 自分をジッと見続けるその視線。それ自体は毎日なのでわりと慣れている。それでもこんなに近くで一対一の時にあからさまに見られるとなると…少なからず動揺してしまう。その程度には、ゾロのサンジに対する恋心のようなものはいまだに新鮮な想いなのだった。
 むろんゾロ本人はそんなことを真正面から意識したことはないのだが…

(ホントに、こいつはタチが悪い――)

 他の奴がいる時は全然違うのに、どうして少しでも二人きりだと途端に恥ずかしげもなくそんな笑顔を向けてくるんだ―――心の中で呟きながら、ゾロは頬が熱くなっていくのに戸惑っていた。

「チャンスがあれば常に全力でアピールしなきゃ、鈍いお前にゃ何も伝わらねェだろ」

ゾロの心の声が聞こえたかのようなタイミングでサンジが言った。

「は……?何言ってんだ?バカ」
ゾロは自分が鈍いつもりはない。

「ヘヘッ…でも、何も伝わらないってこたァねーか。お前ちゃんとおれのことスゲー好きだもんな」
「……?お前、よくわかんね。気が散るからもう向こう行ってろ」
「やだよ〜ん…ここ気持ちいいし、なーんかお前綺麗だしで眺めがいいっつーか…」
「…っ!うっせーなァ、意味わかんねェことばっか言ってんのやめろっ」

 意味わかんないこと。そうだ、サンジがよく自分に向かって使う言葉―――カワイイ、キレイ…。ゾロはいつもそれを聞き流すことが出来なかった。
 どうひいき目に見たっておよそ自分に似つかわしい単語とは思えない。それなのにサンジは、やたら嬉しそうに笑いながら繰り返すのだ。

(ゾロ、可愛い。可愛い――)

 その声を思い出すだけで、なんだか体がキュッとなる。
 そして…自分の中にあるやっかいな気持ちをゾロは知っていた。キレイとかなんとか、その表現にどうしても違和感があるというのに、そう言われることを自分が嫌いじゃない、ことだ。
 特にあの時間――荒い息をしたサンジが耳元でそれを囁くとき、たちまちゾロの中の何かが折れて、どうしようもなくサンジを求めたくなってしまう。

(でも…やっぱりコックは、変な奴だ―――)

 今さらのようにゾロはそんな結論を導いたところで、サンジが妙におとなしくなっていることに気がついた。

「あ…」
(なんだコックの奴、寝てんのか…?)

 ゾロはバーベルを足元に下ろすと、静かな寝息を立てるサンジに近寄り、しゃがみ込む。

(へェ…こいつが昼寝すんのなんてほとんど見たことねェな)

 寝てばかりのゾロとは違い、コックであるサンジには一日中仕事がある。

「………」

――ドクン――
その寝顔を見るうちに、ゾロは胸の高鳴りを速まらせた。

(あれ?なんだこの感じ…)

「…なんだよゾロ、寝込みを襲うつもりか?」
「…っ!」
サンジが目を開けた。
「あーなんか、一瞬寝ちゃったな…夢まで見た」
「……」
ゾロは少しバツが悪そうな顔になり、無言で立ち上がろうとしたがすぐにその手首を掴まれる。

「ゾロ…?なんか物欲しそうだぜお前」
口の端で笑いながらサンジが言う。
「なっ……!別にっ、そんなことねェよっ」

 振り切って立とうとしたが、さらに強い力で引っ張られ、ゾロはサンジの胸になだれ込んだ。
「わっ…!」
「へっへっへー」
ギュッと、抱きしめる腕に力がこめられる。
「あっ…」
「なーゾロ…お前、男のくせになんでこんないい匂いすんだ?…反則だよなァ」
「しらね…なんにもしてねーし…」
「うん、そうだよなー…んじゃ、太陽の匂いってやつか?それともフェロモン?」
言いながらサンジは鼻をゾロの首にこすりつけるような仕草をした。

「んっ…コック何やってんだ…よせよこんなとこでっ…」
「あー…わりィ、止めらんねーみたい」
くすぐったい鼻先の感触が、すぐにキスの嵐へ変わっていく。
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