前半の海


□あるプロローグ
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「あ〜…それで鷹の目よォ」
 勢いで、明らかに飲み過ぎてしまったシャンクスだった。それでも久々に聞いたルフィの話にすっかり嬉しくなり、“ほろ酔いかげん”程度の余裕顔でもう一度ミホークに話しかけた。

「お前がわざわざ話したがりに来るってことはさ…その麦わらの、…ルフィの一味にゃあ、よっぽどお前の眼鏡にかなう男がいたってことなんだろ?」
「…………ああ、そうだ」

 ミホークはいつでもあまり表情を変えないので、胸の内を言い当ててやったところで面白くもない。
 そのうえ自分から話題を振ってしまった。積極的にそんな話を聞いてやるたァおれは結構お人好しだなと、シャンクスは思った。

「それがなァ、赤髪よ…ものすっごい上玉なんだ」
「はあ…(モノスッゴイって……)。若ェのか?」
「ん?ああ…18,9か…20歳になってるかどうか、ってとこだな」
「ハッハッ…そりゃまだ子供なんじゃねーのか?気の毒になァ、そいつ」
「ん?」
「どうせまた、あれをやったんだろう」
「…あれ、とは?」
「お前は気に入った奴がいると、残る傷跡のデザインまで計算して肌を斬りたがる。…ツバつける、ってやつなのか?恐ろしくやっかいな癖だと思うぜ」

「ふむ…」
 ミホークは考えこんだ。というよりそれは、考えこんでるふりをしている、くらいのテンションだったが…
「いや、傷跡のデザインだなどと…そんなわけあるか。おれを変態みたいに言うな。しかしそう言われてみれば…確かにやったな。ズバッ…とこう、このへんにだな、」

「あー、いいよいいよ。聞いたらこっちまで痛くなるっ」
 シャンクスは、手の平をシッシッとでもやる時のようにヒラヒラと動かした。

「ロロノア…あれは…」
急にミホークが眩しそうに遠い目をする。
「ん?」
「間違いなく“処女”だろうなァ…」
「あー…コラコラおっさん、狙うな狙うな」
「…ちょっと泣かせてやりたい」
「おっさんっ、妄想妄想!」

 シャンクスは思い切り苦笑した。なんだかんだ、ミホークは憎めない奴だと知りながら。



 その頃…噂の当人であるその“上玉”は、ローグタウンでくしゃみをしていた。
「う…なんだ?今の悪寒…」

 軽く首をかしげながらゾロは、ふとサンジのことを思い出した。


 それは船の中でゾロがくしゃみをした時のことだ。その生意気なコックは「お前風邪か?」と聞いてきた。「いや別に…たぶん違う」とゾロが答えると、コックはほとんど真顔で言い放ったのだ、「だよなァ、馬鹿は風邪ひかねェって言うし」。

(おいっ――!)
反射的に頭の中でツッコミを入れてから、その時のゾロは言った。
「てめェに馬鹿馬鹿言われるほど付き合い長くねーだろっ」
「は?何言ってんだお前。バカをバカだとわかるのに、付き合いの長さも何もねェよ」



「――ああ、くそっ」
サンジの小憎らしい顔が頭に浮かび、ゾロは舌打ちした。

(だいたいあいつは…なんだっていつもあんなに突っ掛かってくんだ?)

(それでおれは…いつもムッとしてる)

 ちょっと思い出しただけで、頭の中は途端にサンジでいっぱいになる。

 すごく変だ―――ゾロは思う。あいつにはいつもペースを乱される。無視すりゃいいようなことでも、ついムキになってる自分がいる。いちいち気になる。すごく変だ――

(ソレニ、スゴクタノシクテ…?)

「…はァッ?!」

 無意識に心の片隅をよぎった納得いかない言葉を打ち消すように、ゾロは首をブンブンと横に振った。

(どういう意味だ?今の。何を考えたんだおれ――)

「あーっ、もう!とにかく気に入らねェ!…っつーか……よくわかんね」

 そうだ。ゾロがその想いを自覚するのは、まだもう少し先の話。

 そして、知らぬうちに欲望の視線を惹きつけてしまう、自分自身の危険さにもまだ気づいていない。いや、というかそっちのほうは…どうやらいつまでたっても気づかないままのようだ。

END

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