前半の海
□一人きりの行為
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サニー号の浴室。考え事をしているようにゾロがぼんやりと立っていた。
滅多にない高熱を出して倒れたあの日から一週間。どうもあれから、たまに何か頭の奥のほうがかすむというのか…変なふうにボーッとしてしまう時間があるなと、ゾロは気付いていた。
―――ゾロお前はさ、溜まってねーの?エッチしたくならねェ?―――
(コック…何考えてんだあいつ…なんでそんなことおれに聞くんだか――)
(エ、…エッチ、だと?浅い言葉使いやがってアホがっ…)
考えながらふと鏡に映る自分の姿を見て、ゾロは眉間に皺を寄せる。
「う……クソッ」
(あんな言葉、…ただコックが、あんなこと言ったってだけなのに、おれは――)
サンジのセリフでゾロは久しぶりに射精感というものを思い出してしまい、少なからずその部分が昂ぶり始めていたのだった。
自分でそんなことを、最後にしたのはいつだったか…何か記憶が曖昧でよく思い出せないが、かなり久々だとゾロは思った。
それから、あまり迷うこともなくその場で床に腰を下ろすと、そっと右手を伸ばしてそれを握ってみる。
「…っ……ん…ハアッ」
こんな場所で時間はかけたくない。もう早くイッてしまいたいという思いから、とにかく自分の好きなところだけを直線的に擦り始める――つもりだった。
そんなゾロをすぐに戸惑わせたのは、その右手がやたらもったいぶって官能的な動きをすることだった。
触れるか触れないかの距離で裏側をそっと撫でたり、先端をつついたり…自分なのに、自分を焦らすようなマネをする。
(な…に?なん……だ、どうしておれは…こんな…っ)
「あっ……」
無意識に左手の指もが乳首をつまみ始め、捻り、引っ掻き、転がし続けて強い刺激を与える。
今までそんなところを触りながらしたことは一度もなかった。
(う…あ…なんかおれ………変、だ…)
自分の妙にいやらしい行動が異常に思えて、最近何かこういう行為について見たり聞いたりしただろうかなどとゾロはふと考えた。
(いや…そんなはず、ねえ。この船にいてそんな機会は……)
「あっ…あっ…ああっ」
一人の行為の時に声を出したことだって過去にはない。
それなのに今、ゾロの全身はすっかり興奮しきって声をあげずにいられなくなってしまっている。
「あ…ふ、うっ……ん」
夢中で喘ぎ声を漏らすゾロはそのまま快感を貪るように前屈みになると、ほとんど四つん這いに近いような姿勢で、右手はそのはち切れんばかりに勃起したものを擦り、左手は中指と薬指を使って後ろの割れ目をまさぐり始める。
湿気に汗ばむ肌を上気させ体全体を濡らし、堪えきれず悶える姿。容赦ない照明の白さにそんな淫猥な痴態をあけすけに曝していた。
(何…してんだ、そんなとこに…指、を…?)
右手の動きが早くなるにつれ、左の指は躊躇いもせずにその奥へズブリと指を埋めていく。
「あっ…ん、んくっ…っ」
身をよじり、腰を振り、よだれを溢れさせながらも、自分が自分でないようで少し怖かった。
「……っ、ハアッ、ハアッ、ハア…ッ」
(こん、な…こんな、やり方……っ、おれは、しらねえ――)
(…誰かに、教えられた―――?…いや、何考えてんだおれっ…そんな、事実はない…)
気付くとかすむ頭のずっと奥のほうに誰かがいる。逆光に遮られ、どんな顔をしているのかは全くわからない。
――それでもなぜだかすごく懐かしい存在のような気がした。
(なんだ――だれだ?)
「ふっ……う、ん、んん――あ…!」
押し寄せる快感に震えながら、ゾロは意識の内側の目を凝らす。
(誰なんだ…?わからね…)
しかしもはや絶頂を求める気持ちが勝り思考は停止する。両手は勢いを増し、グチュグチュッと何か粘り気のある淫らな音が周囲に充満し始める。
完全に前に倒れこんだゾロは片方の頬を床につけ、腰は高く突き上げた格好になる。何かを待っているかのような色を浮かべて。
「あっ…あ…、んあっ…」
激しく自分自身を責め続けながらゾロは、次第に表情を恍惚とさせてゆく。
「…っ――はっ、あ…ハアァッ……ッ」
そしてひざまずいて開かれた両足をガクガクと痙攣させたかと思うと―――直後にガクリと、うなだれた。
無防備に俯せに倒れたゾロは肩で息をしながら、しばらくして自分が泣いていることに気がついた。
熱くこみあげるようなそれとは違って、冷たくてサラサラした涙がただ静かな川のように、滑るように流れ落ちていた。
(あ……おれ…)
何かを忘れてしまっていると急にゾロは思った。忘れたままではまずい何かを。
なんだったのか、どうしても思い出せない…でもそれは…
すごく大事な約束、みたいな何かだ―――
END