前半の海


□春散歩
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 あれこれと物資調達のために寄った島は、“春島の春”だった。

 まどろみを誘う暖かな陽射し、深呼吸したくなる爽やかな風――誰もが笑顔になってしまうような、どこまでも青いその空の下で、サラリと金髪をなびかせてコックは言うのだった。

「散歩…行くか」

「え…」
ゾロは少しばかりギョッとする。
「二人で、か…?」

「ほかに誰かいるかよ」

 昼間から…ほかのクルーにも見られるかもしれない状況で、堂々と二人で歩こうなんて――普段サンジはそんなことは言わない。
 サンジは、というよりお互いだ。なんていうかまあ要するに照れ臭いんだろう。この二人は、ほかの仲間の目があるような場面ではほとんど喧嘩しかしていない。
 …喧嘩しかしていない、というのもアホな話だ。「興味なさそうなふりをする」ってのはできないもんなのか―――うーん…できないんだろうね、いつまで経っても意識しまくりの二人だから。


「…な、なんで――?」
しばらく思案顔のゾロだったが、やっと絞り出せたのはそんな言葉だけだった。

「…なんでって――別に。お前と歩いてみたい島だから?」

 あんまりまっすぐにサンジが言うので、ゾロは意表をつかれて真っ赤になる。

「ほれ、行こうぜ」
そうして春の陽気そのもののように柔らかくサンジが笑うから、ゾロの心臓は大きく跳ねて、それきり何も言えなくなった。



 二人が並んで歩くのは、街の中心地から離れたなだらかな山道。

「すげえ気持ちいいな…」
満足そうに伸びをしながらサンジが口を開く。
「ちょうどいい新緑の季節なんだな…緑が濃くてキレイだ」

 それを聞いたゾロは思わずサンジの横顔を見る。
「コック…お前みてェな札付きが、新緑がキレイのなんのと言い出すのはなんか…妙だな」

「札付きってお前な…」
(同業だろうがっ)

サンジは言葉を切ってそっと笑うと、手を伸ばしてゾロの髪をクシャクシャッとした。

「ん…っ?」
「ゾロ、わかってないなァお前…。おれは、緑色を綺麗だと思うことに関しては専門家なんだぜ」

(は――――?)

「………あっ」
ゾロは、サンジの覗き込むような笑顔を見てその意味を理解し、再び赤くなる。

「なにっ…恥ずかしいこと言ってんだよっバカ」

「おれは別に恥ずかしくねェけど…。なーゾロ、こっち向け」

「…え」

サンジは両手でゾロを抱き寄せると、一瞬眩しそうに目を細め、それからゆっくりと、確かめるようにキスをした。

「んっ…ん、あ…」
「ゾロ…?だいじょぶか?キスだけでクソメロリン?」

「……く、クソメロリンてどんな状況だかわかんねーよっ」

「プッ」
サンジは思わず吹き出した。
「ゾロ…早い話がだな、お前は本当〜に綺麗だなっておれが思ってるってことだよ」
「………」
「ん?どした?なんとか言えよ」

「なんで…お前は、おれのことなんか、綺麗とか言うんだ?」

(え―――)
「…おいおいゾロ〜。なんだ?そのセリフ。お前、もっと言わせたくてわざと言ってんのか?」
「はっ?」

「あのな。そんなもん、おれがお前にめちゃめちゃ惚れてて好きで好きでたまんねェからに決まってんだろ?」

 いよいよゾロは茹でダコのように赤くなる。
「う…っ、もういいっ!聞かなきゃよかったっ…!」
「ゾロ?(…おもしれーなーコイツ)」

「コックお前…今日はなんかっ…一段と恥ずかしいぞっ」

「は?………あー…んー…なんだろうな、春のせい、かなァ」

春とは、やっかいなものだ。

「ゾロ、恥ずかしいついでにさ、…手ェつないでもいいか?」

(―――て…?)
「なっ…何言ってんだ!イヤに決まってんだろ」
「そう?」

(もう繋いでますけど…)

「イヤがってねーじゃん、お前」
「…違っ…その、い、今だけだっ。すぐ離すっ」

「ふぅ〜〜ん。まァ、じゃあそれで♪」
サンジは嬉しそうにニッコリとした。


 やがて二人は、白やピンクに咲き誇る木々の群れの元へ辿り着いた。
「すげっ…花のトンネルだなこれ。すっげーキレイ。なんて花だろ…」
「さあ…」

 花の名前などというものからは縁遠い男二人が見上げた先の、その可憐な木々の名はハナミズキ。
 花言葉は「私の思いを受け取って」とも言われるその名の主は、少しぎこちなく手を繋ぐ恋人同士を微笑ましく思いながら見下ろしている。


 春島の春。
 これはうたた寝の見せる幻のような甘く優しいひとときの物語。
 小鳥は祝福のメロディーを歌い、木漏れ日は穏やかに揺れて笑う。


「コック……もう、手ェ離せ…」
「んー?人通りもねェし、まだいーじゃん。なんか…春だしよ」

END

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