前半の海


□ラブソングは風に乗って
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「―――…〜♪」

(…ん……)

 何か心地好い音が聞こえて昼寝から起こされたゾロ。キョロキョロと辺りを見回すと、洗濯物を干すサンジの姿が目に入った。


「あ…」

音じゃなかった。歌声、だ―――

(鼻歌で洗濯って…“オカアサン”かお前は)
 無意識に、なんとなくのイメージでゾロはそう思った。
 でもそんなふうに言ってしまうと、毎日それこそ子供のようにサンジに世話を焼かれている自分のほうがよっぽど問題有りな気がして、ゾロはその思考を止めた。

(それにしてもコックってこんな声してたっけか?――今まで考えたこともなかったが…)

 ぼんやり見つめるゾロに気がついてサンジがさりげなくそっと笑いかける。

「おう。起きたのか」

「ああ……お前、今の何だ?」

「は?…あ、曲?…わかんね。ガキの頃バラティエのクソコックの誰かが歌ってたやつだから、ホントにこれで合ってんのかどうかも…」

「…お前、歌なんか歌えるんだな」

「はっ?!」
 サンジは一瞬、言葉の意味すらわからないといった奇妙な顔をした。

「いやゾロ、そんな言い方するとなんか…そんな大したアレでもねェけどよ、『海賊っつったら当然歌う』だろ?」

 ルフィがよくそう言って音楽家を仲間に入れたがるセリフだ。

「んー…けどお前、一人でそんなふうによ、そーゆーのは…聴いたことなかったし…」

「ふー…ん」

 一通り作業が終わったようで、タバコに火をつけながらサンジがゾロに近づいてくる。

「それで何だよ?聞き惚れた?」

「ん?ああ…まあ」


(―――へっ?!)
 ホントにゾロがそう言うとは思わなかったので、サンジの顔が思わずパッと紅色に染まる。
 そしてそんな顔を見られないようにそっぽを向きながら、ゾロの隣りへやって来て腰をおろした。

「ゾロお前、変な奴だな……」
 サンジは軽く咳ばらいをしてから言葉を続ける。
「でもまァ…そうだな、おれはどんなことをやらせてもたいてい何でも上手いからな。お前みてェな不器用マンとは人種が違うのよ」

「………」

「料理の盛り付けと似てるかなァ」

「…なにがだ?」

「もし未体験のことに出くわしても『あー、だいたいこうやりゃいーんだな』みてェなイメージ映像がパッパッと頭に浮かぶんだぜ。お前ないだろ、そーゆーの」

「なんだよっ…別におれの話はいいだろ」

 ゾロは少し不満そうにしながら頭をかいた。


「…だからさァ、ゾロ」
 その不満顔は無視したまま、サンジはゾロに向かってニッと笑った。
「初めてお前とした時も上手かっただろ?おれ」

「え?………ばっ……!」

 ゾロは返答に詰まって顔を逸らしたが、すぐにもう一度口を開いた。

「よっ…よく平気で、言葉に出してそんなことを確認しようって気になるな…っ」

「いやその…お前がさ、…どんな顔してどんな言葉でその質問に答えてくれんのかなって思ったらつい…」

「う……あー…」

「うん…何?」

「…いや、やっぱいい…何言ったらいーのか…わかんねェよ」

「…そっか。ま、あのときおれとしてはお前のことかーなーり、特別扱いで気ィ使ってゆっくり優しくしたけどな」

 サンジは笑いながら、空に向かって静かに長い煙を吐いた。


(…そんなこと、わかってる…)
 ゾロはチラッとサンジの横顔を見遣ったが、どんな言葉を伝えたらいいのかやっぱりわからなかった。


「嬉しかったんだぜ〜。衝撃的にコイツめちゃくちゃ好きだァ〜ッ!!と思った奴の…体に、触れるってェのはよ。あれまでのおれの人生の中で、一番嬉しかったかもしんねェ」

「………」
(…けどお前、童貞だったわけじゃねェだろ)
 つい反射的にそう思ってしまったゾロだが、口にするのはやめた。それは全く不毛なことだと思われたから。
 ――今こいつはおれのことを“特別”だと言った。多分、大事なのはたった一つそれだけだ――


「ゾロ…今おれはお前しか見えねェし、これからもずっとそうだろ。それが…おれなんだよ」

 まるでゾロの心の中の続きのようなことをサンジが言う。
 言葉にしない思いまでも全てが会話の一部であるかのように、二人の空気が繋がっていく。

「……………」

 それからゾロはしばらく、ただ静かにサンジをまっすぐ見据えていた。

「…んだよゾロ、てめェもなんか言えよ」

「ん?…あー…………コックお前、よく喋るよなァ」

 本気で感心したみたいな声でゾロがそんなことを言うのでサンジはだいぶ拍子抜けした。

「ふん…まァ普段はどうでもな、ここぞって時あるだろ。このタイミングでこれだけは言っとこうみてェな。そういうのは…ちゃんと言うようにしてるんだ。昔はこんなじゃなかったけどな…お前やルフィ見てたら、なんかそうするようになったよ。ま、ちったァ成長したっつーのかねェ」
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