前半の海
□満天の星に抱かれて
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一面に広がる星空があんまり見事だったから、二人は甲板で晩酌の続きを繰り広げていた。ほてる頬に夜風が心地良い。
「あ〜っ、気持ちいいな。なんかすげーいい感じだなこーゆーの。飲まずにいられっかってんだヒャッホウ!」
「コック、ヒャッホウってお前…。酔っぱらうにゃちょっと早過ぎねェか?」
「んー…そんな酔ってもいねェよ?ただ気分がいい。あ、酒じゃなくてお前に溺れてんのな、おれ」
「……アホ」
こっ恥ずかしいセリフだと思いながらもゾロは、悪い気はせずつい顔を赤くしてしまう。そしてそんな自分に慌てて、話題を昼間の買い出しの様子へと変えることにした。
「なーコック、なんとなく思い出したんだが…お前今日の買物、ずいぶん大量じゃなかったか?おれはよくわかんねーけど、さすがにこんなにどうすんだよって思ったぜ」
「あー…そうそう。魚も肉も野菜も…どれもこれもかなりいい品だったもんでついなァ…。まあ、干したり漬けたり…保存食もたっぷり作るよ。そうだゾロ、明日のメシだがお前何か食いたいモンある?」
「なんでもいい」
「オイオイ、即答か?そのセリフって結構、作り手をガッカリさせるって知ってるか?お前」
「あ。…や、今たぶん言い方を…少し間違えた。おれはホントになんでも…その、好きなんだよ」
お前の作るものだったら―――言われなかったそんな言葉をゾロの表情から受け取って、サンジの口角はムズムズと上がっていった。
「うーん。そうだな…おれもゾロだったらなんでもいいもんな。お前のなら、ケツの穴の中だっていくらでも舐めるし」
「…っ!…よせよ。普通のテンションで何言ってんだっ。てめェはすぐそうやって…、そ、そんなことしか言えねーのかよ」
「はー?…だってお前見てるとそんなことばっか考えちゃうんだもん。お前いつでもエロいから」
「ざけんなっ…どっちが!」
「へへへ〜」
笑いながらサンジは大の字に寝転がる。
「あー…星ってすげェよなー。今見えてるあの光は、何万年も昔の輝きだったりすんだろ?」
「……」
「なーゾロ、もしおれが突然死んだりしてもよォ」
「オイッ!軽々しく、死ぬ例え話はやめろ。許さねえ!」
「…んだよ別にそんな暗い話じゃねェよ。なかなかロマンチックだから最後まで言わせろ。あのな、万が一そんなことがあっても…おれはあんな星になって、いつだってお前を照らして見守るんだ」
「………びっくりするくらい陳腐だ」
「あァ?!」
「だってそうだろ。そんななー、いっくら口で見守るのなんの言われたってコック、………お前のいない人生なんておれはいやだ」
「え」
「だからっ…そんな余計なこと考えてなくていいからよ、とにかくっ、ぜったいお前、…おれより長生きしろ」
(―――は…)
しばらくの間、半開きの口をピクリとも動かさずにゾロの横顔を見上げていたサンジだったが、そんな自分に気がつくと少しハッとして多少無理矢理に言葉を返した。
「なっ…んだよそれ、自分はイヤなくせに、おれのことは遺して逝っちまうのかよ」
「ああ、おれが先に言い出したんだから、その権利はおれのもんだ!」
「言ったもん勝ちかそこ?!極悪海賊みてェな理屈だなお前…。あんま勝手言ってると、ものすごぉーく恨みがましく後追いとかしてやるぜ」
「アホか!んなことしやがったらてめェの“蜘蛛の糸”ぶった斬るぞ」
「…って意味わかんねェ!何の物語のイメージが頭ん中に広がってんだお前はっ」
(―――あれ?)
そんなことを話しながら、急になぜかおれは泣けてきた。
ポロポロポロポロと、やたら涙がこぼれ落ちる。
なんでだろう。なんだこれは。いつか終わる命の旅路とかってやつを意識したから――…?
ちがう…
ちがう。
たぶん…これは嬉しさだ。そして感謝や喜びの気持ちだ。
お前と出会えたこと、今こうしてること、ああそうだ、そしてこれからもずっと、おれはこんなふうに歩くんだ――ただそのことの、とめどない嬉しさに突然おれの涙腺は緩みまくって、チラチラと瞬く流れ星も滲んでから消えていくのだった。
こらえようとしたが不自然にしゃくり上げるおれのこと、きっとゾロだって気付いてる。けど何も言ってこない。いつものこいつなら「何お前泣いてんだ」とか「なんでいきなり泣くんだ」とか、ひねりも無いごく普通のツッコミが来るところなのにな。
…なんとなくおれが思ったのは、ゾロがそれを聞かないのは、今こいつもおれの涙のワケを理解してるんだろう、伝わってるんだろうと、そんなことだった。
繋がってる感じ。時々そうやって、おれ達は一つの心を共有して生きてるんじゃないかと思うような感覚がある。考えてることが、なんの隔たりもないみたいにスルリと染み込んで、互いの中を行き来するんだ。