前半の海
□328話2頁目あたりでゾロが考えてたこと
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メリーお前……
本当にもう……
走れねェのか…?――
そんなこと、すぐには信じられねェ…それにウソップの奴がコレ知ったらどう思うか…
……確かにメリーは無理を重ねてきた船だ。そりゃあ相当の傷みを蓄積もしてるだろう。だが…
……メリーと別れる?いや…実感わかねェ。ルフィは…どう判断するだろうな…
メリー。
……………。
メリーお前は…お前だけは、ここでのおれとコックの時間を全部知ってるんだな。…やたら特別だった、その全部を…。
出会った頃には思いもしなかった、あの最初の夜のことも…
最初の夜―――か。
ハハッ…おれの脳みそがそんな言い回しをするとはね。…以前なら…有り得ね……
(サンジ………)
あいつが突然乱暴に押し付けてきたあの…キスの感触は、いつまで経っても忘れられない。んなこと、多分一生、口に出すことはねえと思うが…おれは正直、あの時を何度も思い出す。…全然忘れられねェんだ。熱っぽくて、柔らかくて、ものすげー驚いた。全身に…震えが来た。
反射的に押しのけたおれに向かって、あいつは「嫌か?」って聞いたんだったな。
オイ――――
嫌とかなんとかの前によォ、まず一瞬意識飛んだぞ。…おれは…初めてだったんだっつーの!!
そうだクソ、考えてみたらあいつ…こなれたキスしやがって……
(はあ―――)
…それだけじゃねえ。そのあとも、もっと、何度も…何度も……
あいつには、それまでおれが知らなかったようなことを次から次へとされて……あとから思い出すと無茶苦茶だあの野郎。なんって言ったらいいか…、疲れ知らずで…
メリー……奴は、どんなところでも急襲しやがるんだよな。おれは何回お前の床にいきなり転がされた?…痛ェっつーんだよ。
そう、あいつはホント強引で……おれァ…メリー、お前のあちこちに思いっきり爪を立てたことも…たぶん何度もあるんだろうな。
―――うっ!やめだやめだ、おれっ、なんつー言葉使って回想してんだよ…
(…ああ)
コックの奴、本当にあいつはいつだってどうしようもなく強引で…
強引で……
――来いよ、ゾロ…こっちに来い…
(…あ………サンジ…
――――!!)
あいつに触れられるとその部分が痺れる………なんて、もんじゃねェ。波打つんだ。肌が波打って、おれの境界なんてなくなっちまうようで、まるでそのまま宙に浮いてしまうような。真っ白な世界へ投げ出されるような…
あいつの手…その手は、なんていうかおれの芯…すごく奥のほうの何かを直接触るみたいに入り込んでくる。
そうされるとすぐ、おれの体中の細胞はあいつに向かって全力でせり出そうとする――
その、ほかの何とも全く違う感覚におれは翻弄されて、溺れて…。でも確かに…確かに深く満たされるみたいな…あの、激しいくせに穏やかでもある不思議な時間……
(はあっ…―――)
あ、なんか…やべ……止まれ…
おれの思考、
止まれっ…
(…………。)
…最初、おれにとってのコックはただ「なんだか話の早い奴」だったんだ。誰よりも察しがよくて、少ない言葉でも意図を正確に汲み取るような。
だが…途中から気付いてた。あいつは特におれの言葉に注力して耳を傾けていたし、特におれのことを他の誰よりも……見ていた。
それが何なのかなんて、その時には考えてもみなかったが…
…思い出してみると、おれは自分が自分でなくなるようで戸惑うこともあった。
それから、初めて強く感じた「なくしたくない」という思い。…最初の頃それを弱さと勘違いしておれは、なんだか少しだが不安になっちまったことも……
(だけど…―――)
…そういうおれの一つ一つを、メリー、きっとお前はいつもそっと笑って受け入れていたんだな…
何を思っていた?メリー、お前の目に映るおれ達は…いつも一体どんな顔をしていたんだ。
…ああ、いや、何がどうでもおれは…お前と走った日々の全部が、本当に、……本当に好きだったぜ。
(はあっ…
ホントに…
本当なのか?メリー…………)
なあコック、おれァきっとてめェに面と向かってこんなこと言えやしねェが…
「宝物」だよな?ここでおれとお前の分け合った何もかもが―――
「おれメリー号が好きだぞ!!」
「―――全員そうさ…
だが現状打つ手はねェそうだ」
END