2年後からの海

□甘やかな熱よ揺れる光よ
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「あ……虹だ」


 ほんの数秒前まで、ああ、確かにたった数秒前と言って過言ではないと思う、おれに向かってすごい形相で剣を振り回していたはずのロロノアが、ふと目線を遠くにしてそう呟いた。

 バカ野郎しっかり集中しろと、怒鳴ってやりたい気持ちはもちろんあったが、それ以上に…この男が虹などに気をとられるのかと、その意外性に思わず心を奪われてしまって、おれのほうこそかなり惑わされてるということに不意に気が付く。


「ロロノア…」

(どうして急にそんな悩ましい顔を見せるんだよお前は…)

 我ながら心境のわからない溜め息がこぼれて、なぜかおれの口元が小さく歪んだ。



「……誰かと一緒に見上げた虹でも、…思い出しているのか」


「――あ?鷹の目お前、今おれに何か言ったのか?よく聞こえなかったけど何だ?」

「いや…、……なんでこんなに綺麗なんだろうな」

 おれもロロノアに倣って空へと目を移した。

「あ゙?…ああ、作りモンでもねェのに、勝手にあんな色してんだ…すげーよな」


「………おれが言ったのはお前のことだ」



「………。

 ―――????

 …な、…何の話だ?」



「………いい。…気にするな」





(…いや、

というか、

おれが気にするワ。

今一体何を言ったんだおれは……)


 しかし考えてみれば、このおかしな感じ方はこれが初めてじゃない。いつも、なんだかおれの体の奥のほうをやたらくすぐったいような気持ちにさせる…ロロノア…この小僧がなんだというんだよ、おれは―――


(いかん、もう…考えるのは止めだ…)


 いくらかわざとらしい咳ばらいが一つ出た。

「……さてロロノア、もう一度初めからやるぞ。お前よそ見などしてる余裕はないだろう。今度また他のことに気をとられたりしたらその時は遠慮なくたたっ斬ってやるからそのつもりでいろ」

「あ…ああ、……悪かった…」

「フン……来い、油断するなよ」

 “油断するな”に続けて、集中しておれだけを見ろと、そう言葉が出てきそうだったが何か引っ掛かっておれは口をつぐんだ。

 そのセリフを言うことで、おれ自身が何かとんでもない事実に気付いてしまうような妙な感覚がして。
 そして出来ればそれを避けて通りたいと本能がおれに警鐘を鳴らして。


 それから何か頭に浮かびかけた想いがあったのだけど、それは寝覚めの際の夢のように、パッと消えてなくなってしまった。



「鷹の目……?…何ボーッとしてんだ」

「あ?…うん、お前が緩んでるから伝染したんじゃないか?」

「っ!!…別に、おれァ緩んでるわけじゃっ…」


 ムキになるゾロの顔が声が、やっぱりおれの胸に何やらさざ波を立て始める。


 無意識にその頬に手を伸ばしそうになった自分に、内心おれはどうしようもなく慌てた。




「……………ロロノア…」

「あ?」

「…今夜………、酒でも飲むか」


「はァ?!

…………

………………。」


「うん?なんだ、嫌なのか」

「や、…酒は、欲しいが……お前と一緒に飲んでも話すことなんか無ェ」


(…―――!)

「クッ…ハーッハッハッ、…正直だな。フフフ…おれはそれで構わん。何時でも…気が向いたらおれの部屋に来い。来たくなければそのまま忘れろ。別におれは待ってやしないから」

「……………」




 ああ。ダメだ。どう抗ってもおれの中で何かが始まっている。それは大変危険でとても組みし易いとは言えない状況だ。

 その蓋を開けるなと警告する理性があって、なのに一方ではその波に身を委ね、たゆたおうとするおれもいて――。




 なあロロノアよ、こんな四六時中薄暗いような島にも陽は射し虹が現れるんだな。

 今おれが目にした光景の隅々まで全部を「美しい」などと思うことは、このおれにはあまりに不似合いか――…?


 いや、不似合いかどうかだなんてそんなことはもう、考えてももう…

「……もう遅いか」


「え、…何がだ?」


「…あー…いや」


「…??」




 …実際この先どうしようか。しばらく目をつぶっていれば、何事もなかったように落ち着いていくのか…?

 だがこのままではきっとおれはすぐ、まともに見据えることさえ出来なくなってゆく


ああそうだ

気まぐれな空模様の向こうでいつも真っ直ぐに輝いている、

眩暈を覚えるようなそのまばゆい直射の光というものを―――




「鷹の目ー…?」

「…ああ、今行く」

「…なんか、さっきから急に変になったなお前」


「いや…なんでもない。

…ああ、なんでもないんだ」


END

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