2年後からの海

□そうして僕は何度でも「ただいま」を言う
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「なあミホーク…おれと会えなくなっても、……おれ以外の奴を抱くなよ」

「ブッ…!!」

 その余韻の残るベッドにフワフワと横たわりながらそんなことを、ああ、珍しく子犬なテンションでゾロがそんなことを言うもんだから、おれは思わず漫画のように噴き出した。

「あー…ハハハ、いやあ…。………さァな、そんな約束はできん」

「なんでだよ!大人って汚ねェな」

「……(何が『大人って』だ…)
…あのなー。そんなことは、…うーん……あまりハッキリとも言いたくないことだが、その…おれくらいの歳になるとだな、…お前ほど盛んな性欲はもう残っていない」

「は?!嘘つけ!いつだって際限知らずじゃねーかよ」

「んー?…うん、だから、そういうことだろ」

 サラリとした緑の髪を梳きながら頭を抱き寄せて耳たぶに口づける。

「んっ…ミホ……、!」

「…お前だけだ。おれがこんなになるのは」

(今さらそんなこともわかってないのか、バカ……)


「あ……ッ…」

 耳の内側をそっと舐めると、すっかり無防備な表情のゾロが切なげに熱い吐息を洩らす。


「フ……お前は、本当に………なんというか…」

「…………。」


(ああ…たまらない―――)




 なぜ別れなければならないんだろう―――

 なぜ手離さなければならないんだろう――――


 ―――今まで幾度も打ち消した不毛な問いが、またおれの脳裏にボワンと浮かぶ。




「ゾロ……なんだかおれ達の、止まっていた時計の針が動き始める、みたいだよな」

「―――…は?」
 それまでフニャフニャしていたゾロの顔が、俄かに怒りでも含んでるような勢いでおれを見上げた。
「とっ、…止まってねェだろ。止まってたことなんかねェよ!今までもこれからも同じように動く。そうだろ?ここでの時間の中でおれは、おれはちゃんと…っ、お前と、おれは…ッ…」

「…!
オイオイいきなり何だ、

……泣くなよゾロ、男のコだろ」


 少なからず驚いたけれど。それでも突然どこかの糸でも切れたかのように喚き、流れる涙を拭いもしないゾロは妙におれの微笑みを誘った。

「…お前は……そうだ、初めて会った時も、おれに泣かされて、人目もはばからずワーワー泣いてたんだったよな」


(あの瞬間からずっと…―――ずっとおれは、お前に捕まったままだ)


「…っ、うるッ…せ、………でもっ、ミホーク、おまっ…お前も、お前だって………泣いてんじゃねェか…!」


「……そうか?

…有り得んな。気のせいだろ…」


 腕を引き、強く抱きしめればその震える体はあまりにも小さい。なのに、結局は何一つ思いどおりになどならない。こんなにも剥き出しでおれの全てを欲する相手なのに、おれは、捕らえることができないんだ―――…



「すき…すきだよミホーク、すき…ミホークすき、好きだ…」

 獣のような男の、これもまた本性。甘い声。おれの体中の細胞がゾクゾクとざわめき立つ。



「ああ…ゾロ、それは偶然だな。おれも…

 …『おれが好き』だ」

「〜〜〜ッ//// ふざっけんなてめ…!!」

「クッ…フフフ、ハッハッハ…」

 今のおれはきっとみっともないとしか言いようのない涙でぐしゃぐしゃの顔をしている。それを隠すみたいにもう一度ゾロの頭を抱きしめた。



(でもなゾロ、好きだなんて…おれが自分をそう思えたのは、お前に会ってからなんだ―――)



「ゾロ……お前が、お前そのものが、…おれの居場所だったよ」

「……。なんだよそれ…なんで過去形なんだ」

「ん?」

「帰ってくりゃいいじゃねェか、いつでも」

「…は?」






 
 
「だっておれが、お前の帰る場所なんだろ?」


「………。」


 おれの愛しい生き物は、さっきまでの泣きじゃくったヘナチョコ面はどこへやら、いきなりパッと突き抜けるような笑顔を見せたかと思うとそう言い放った。いつでも帰ってこいと。出て行くのはお前のほうなのに。単に言葉の使い方を知らない馬鹿者なのか、それとも神がかり的に真実を突いた表現なのか…―――後者かもしれないよな。

「フフッ…ハハハハハ…」


 ならばもう、笑ってお前を見送ろう。きっとそれもいい。

 今はまだ、容赦ない涙が泣くつもりなんかないおれの頬を無遠慮に伝ってゆくけれど。


 そうだな…、ついにその時が来たならおれは「行ってきます」とでも言ってみようか。なあゾロ、そうすればお前もまた、そんなふうに笑ってくれるのかな。


 …もうあまり時間はない、その時が来たら――



 笑っておれに、頷いてくれるのかな…


END

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