2年後からの海
□606話のあのコマに至る前の出来事
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暗い深海をものすごいスピードで近付いてくると思ったら、突然自分のシャボンにサンジが入ってきた。ゾロは言葉もなく、呆気に取られてその右目を丸くする。
「プハッ…悪ィなゾロ、おれのシャボン割れたっ」
「え…あ、いや。…お前その海ん中を走るやつホントすげーな。どんな脚力だそれ…」
「ん?ああ…二年間、地獄のように恐ろしいところで鍛えられたからな」
そう言ってサンジが顔を上げると、狭いシャボンの中、思った以上の至近距離でゾロとバチッと目が合った。
「あ………」
どちらも照れ臭そうに目を泳がせる。
「あー…ゾロ。なんか…やっと二人きりだな」
「えっ…」
ゾロは頬を赤くして顔を逸らしたが、すぐに何か思い出したように言葉を続けた。
「い、いやしかしお前よ、シャボンディ諸島で合流してからずっと、…は、鼻血っ…噴き過ぎじゃねーか?」
明らかにゾロは少し拗ねている。ずっと気にしてたことをやっと吐き出したという顔だ。
「あ…うん、お前には悪ィかなと思ってたんだが…これはなんつーか…反射だ。ホントに…ホントに悍ましい国に飛ばされてたせいでよォ……」
サンジが青ざめるものだからゾロは小さくため息をついた。
「一体お前はどんなところにいたんだ?その、恐ろしくて…悍ましくて…ってやつは」
「聞いちゃった?…それ聞いちゃったか?」
「あ?…ああ」
「ホントはよー、口にするのもゾッとするんだっ…そ、それはっ…オ、オ、オカマばっかの国だよ!住んでんのは全部オカマ!ご丁寧に動物までオカマッ!」
「は……」
ゾロは笑いそうになったが堪えてサンジの顔を見た。
「へェ…けどコック、てめェにゃ合ってたんじゃねーのか?」
「なっ…なんでだっ。どーゆー意味だよ」
「だってお前、男が好きなんだろ」
(はあーーー?!!)
「んだとコラーーッ!!事実無根なこと喋ってんじゃねー!それでいいのかお前!このおれに“男が好き”だった人生など無いわっ。おれは“お前が好き”なんだよっ」
一気に叫んでから、サンジは舌打ちをした。
「恥ずかしいこと言わせやがってっ…わかってるくせに…クソマリモ」
「ああ…冗談だよ」
「…お前、ヤキモチ焼いてんだな?おれが今、全開で女好きの本領発揮な感じだからってっ…」
「は?何言ってんだ。そんなこと、いちいち気にしてられっかよ」
「ふん…隠すなバカ。お前のことなんかな、全部わかるんだよっ。不機嫌そうにかーわいい顔しちまって、なんだそりゃ」
「………」
「お前がそんなクソ可愛い顔してヤキモチ焼いてくれるんだったら、恐ろしい思いしてこんな体質になっちまったのも…ちったァ報われたかな」
「…アホか。ヤキモチじゃねーってのに」
「あーそうかよ。じゃあそれでいいけどよ…」
言いながらサンジはそっとゾロの肩を抱き寄せる。
「……なァ…ゾロ、キスさせてくれ」
「…あ……」
久しぶりに、本当に久しぶりにやっと、二人は唇を合わせた。
「ん…あ……はっ」
そのまま抱きしめ合う。とても強く―――
お互いに泣き出しそうな瞳を震わせて。
忘れた日なんてなかった。二年間ずっと…
そして少しずつ、呼吸を乱れさせ……
「――――あ゛!!」
「なんだ?コック、いきなりデカイ声出すなよ」
「まずいぞっ、あれ!ゴムゴムが溺れてるっ」
「なにっ…」
「あいつのシャボンも割れたんだっ。やべーな、おれ引っ張ってくる!」
「あー…おう!ここに三人…狭ェな、まァしょうがねーか」
「待ってろ…ゾロ、あとで続きしような」
「う…。余計なこと喋ってねェで早く行ってやれ」
「ああ。…なーゾロ、おれは…お前が好きだよ」
「…知ってる」
「ハハッ余裕だな。んじゃ、行ってくる」
そう言うとサンジは、ハンパないスピードでルフィへと一直線に“海歩行”を決めた。
(余裕とかじゃねェよ…)
サンジの背中を見つめながらゾロが呟いた。
「その気持ちなら、おれも知ってる。ただ、そう思っただけだ――」
END