2年後からの海

□秘密なら…
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「おーいロロノア〜」
ペローナの大きな声がする。

「……なんだよ」
「なんか知らねーけど鷹の目が呼んでるぞ。しかも私にはしばらく外せって言うんだ。アイツ、私に命令すんなっていつも言ってるのに!…だけどな、ちょうど外はどん〜よりとした曇り空で絶好の散歩日和だ。別にアイツの言うこと聞くわけじゃねェが気分がいいから出かけてくるぜ。……あれっ?おいロロノアお前っ、私をシカトすんな!行ってらっしゃいくらい言え〜〜っ!!」

 ペローナのセリフの後半はほとんど聞いてないゾロだった。
 ただ「呼んでる」と言われたのでさほど深く考えもせずに、ミホークが一人で座っているであろう部屋を目指し、黙ってその扉を開けた。
 これから告げられるまさかの用件など、ほんのかけらすら知るよしもなく―――


「…ゴースト娘は出かけたか?」
 それがミホークの第一声だった。

「出かけてたようだが…?あのうるさい女がどうかしたのか?」
「いや…あいつ自体は別にどうでもいい」
「…?じゃあ何だよ」

「ロロノアお前…一味のあの金髪の小僧と恋人関係だったんだよな?」

(――――え…)

 あまりに唐突。何の前触れもなくそんなことを言われて一瞬で頭の中が真っ白になる。

「―――はァッ?!」

 数秒後ゾロは、言われた意味を“文法的”には理解した。だが一体どういうつもりで、どうして鷹の目がそんなことを言い出したのかは全く見当がつかなくて、思考が混乱していった。
 その一方で意外に思った。周囲にあまり興味なさそうな鷹の目が――実際普段から「虫ケラの顔はいちいち覚えていない」などと言っている――、自分達一味のメンツを把握しているなんて思いもしなかったからだ。

「…そうなんだろう?」

 もう一度念を押されてゾロはハッと我に返った。
「…答える必要ねェな」

「フッ…ククク、ハッハッハ…」

(何がおかしいんだ!)
ゾロはミホークを睨みつける。

「ロロノアお前な…それは答えてるも同然の言い方だとは思わないのか?」

 言われてゾロはカッと赤くなる。

「どっ…どうでもいい!どっちにしたってお前に関係ねェだろ!さっきから何が言いてェんだよお前っ」

「あー…そうだな、何が言いたかったかといえば…お前その若さで、こんなに長い時間離れ離れになって…あの男を欲しくはならないのか?ってことを聞きたかったんだ」

「………あ?!」
ゾロのこめかみにピクリと青筋が立つ。

「てめェ…そりゃあ何の世話のつもりだ?そんなくだらねェことが用ならおれは話すことは何もねえ。…だいたい、そんなこと考える暇も与えねェくらい、てめェが毎日さんざんぶちのめしてくれてんじゃねェか。わかってんだろ?」

(―――!!)
「考える暇を、お前に与えない…だと…」

「あんだよっ!」

「いや…いや違う、本当はそうじゃない。本当はおれが、おれのほうがそういうことを考えるスキがないように無我夢中で振る舞ってきただけなんだ」

「?!…何言ってんだお前…わかんねェよ!もうちょっとハッキリ物を言えっ」

 ミホークのおかしな態度にゾロはイライラをつのらせた。

「なあロロノア…今言ったように、おれはお前があの小僧のものだということを知っている。それが前提だ。ここから先は、そのうえで話すことだ。いいな?」

「……?」

 それからミホークは、何やら妙な間合いで深呼吸をし、絞るように言葉を続けた。

「このおれに、…お前を抱かせてくれないか」

「………な…」

(え…え?!こいつ、何言って――)

「その…、ひどく下世話な言葉を使わせてもらうが…お前にとっての性欲処理、そういったもので構わない。いやむしろそう思ってくれ。おれはそれ以上を求めない。そしてこれは秘密だ。あの小僧はむろんだが、他の誰にも知られないと誓う!…なァおい、秘密なら…お前…っ」

「は…?いや、あの、…」

 すぐにキッパリと断ればよいだけの話だった。

 だがゾロは他人の必死な様子というものへの感受性が強く、“本気の言葉”を無下に扱えない性分だった。
 自分に向けられたとんでもない申し出の内容を咀嚼するよりも先に、ミホークのその弱々しくも真剣な、必死の懇願そのものに、本能的に胸を打たれてしまっていた。

「鷹の目お前――なん…でそんなこと、言うんだ…」

 思わずそう問い掛けてしまってから、すぐにゾロはハッとした。

(バカおれ――そんなこと聞くな!言わせちまったら戻れねェぞ…っ)

 そして発してしまった言葉を悔やんだ。だがそれは―――遅かった。

「なんでかだと?それは…おれがお前のことを、特別な気持ちで好きだからだ」

 ゾロはギクリとして目を伏せる。

「ロロノア…不毛とわかっていてもお前に触れたくてたまらないからだ。毎日…近くで見ていて、もう抑えられないんだ。みっともないだろう?お前の倍以上も生きているのにおれは…おれはっ…」

「え…!お、おい鷹の目っ…」

 思いがけず目の前でボロボロと泣き出したミホークを見て、理屈で何か思う前に足が動き、気付いたらその大きな体を抱きしめてしまっていたゾロだった。

「鷹の目…お前の言いてェことはわ、わかった……けどそれはっ…ダメだ、できねェ!あのな、その…金髪のあいつは、あんなんでも、…あ、“あんなん”っつっても、お前が知ってると思われる手配書の絵は少ーし本人と違うんだが…いやその、あんな奴でも、おれは大事なんだ。裏切るような真似はできねェ」


(ああ、おれは…コックの奴に面と向かってお前が大事だなんて伝えたことがあっただろうか――あいつはいつも何でもわかってくれて、言葉なんて要らなかったからおれは……)


「ロロノア…けなげなんだなお前」

 ミホークはゾロの背中に腕を回しかけたが、思いとどまってそのままストンと指先を重力に預けた。力を込めて抱きしめ返したなら、自分がどんなことをしてしまうかわからなかったから。

「おいロロノア…おれの鼓動が聞こえるか。こんな…こんなこと…、自分から抱きつくようなマネをしてお前…おれを何だと思っているんだ」

「…ん?いや、お前がいきなり泣いたりするから……なんとなく、だ」

「お前、力ずくで何かされたっていう経験がないだろう。そのへんのザコより多少強いからって油断し過ぎじゃないか?お前、おれには敵わないぞ?おれは…そうしようと思えばいつでも……できるんだぞ?」
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