♪10万HITS企画♪

□【2】
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エリックと二人、人間界に降りて回収場所へ向かう。回収の時はいつも、実技評価トリプルAのエリックが先陣を切り、その背中を俺が守るのが、常になっていた。

「最初は何だ?」

俺は、下見しておいた死亡予定者リストの中身を、淀みなく端的にエリックに話す。

「絞殺」

痛ましげに言う俺だったが、エリックは別の意味で、顔をちょっと顰める。

「そいつは、厄介だな」

「うん」

エリックの言う『厄介』とは、回収の事だ。事故や殺人など突然の死は、受け入れられない無念の思いが渦巻いて、シネマティックレコードが暴走するケースが多い。今回のケースは、二十代の幸せな若い娘だ。その可能性は大きかった。

死神界と人間界の時間の進み方は違う。深夜、大通りとはいえランプひとつで道を行く娘にも、非はあったのかもしれない。だけど、こんな死に方をする理由は、何処にもなかった。娘の頭上に立って見ていると、眼下で死のロンドが繰り広げられ始めていた。

脇の路地から飛び出してきた黒いコートの男が、後ろから娘の頭を鈍器で殴る。突然過ぎて、悲鳴も起きなかった。端から殺す気なのだろう、顔は隠していない。倒れた娘を路地の奥深くまで引きずっていって、あろう事か男は、娘の服を脱がせ始めた。

「まさか…!」

「お前は見るな、アラン」

すぐにエリックが前に立ち、掌でもよおす吐き気を抑える俺を気遣ってくれる。エリックに言われる前から、俺は目を固く閉じていた。

意識を取り戻した娘が叫ぼうとするが、男は娘の首を絞めてそれを制し、ひしゃげた微かな苦鳴と、興奮した男の笑い混じりの息遣いが、誰もいない路地裏に木霊した。ただの殺人じゃない。レイプ殺人だ。

すぐにでも楽にしてあげたかったが、死亡予定者リストの死亡時刻には、あと五分ある。俺には、地獄のような時間だった。目を瞑り、耳を覆っても、死神の精度の良い五感は、娘の苦しみを伝えてくる。エリックが、俺を柔らかく抱きしめてくれた。

「アラン…」

エリックの低い囁きが、哀しみに満ちている。でもそれは娘に対するものじゃなくて、何も出来ない俺の苦しみを思っての哀しみだった。思わず俺は、エリックにしがみついてしまう。それが、エリックの身体の自由を奪ってしまうなんて、思いもよらず。

──カタカタカタ…。

いつしか娘の潰れた声が枯れ果て、シネマティックレコードが立ち上る音が小さく聞こえてきた事にも、気付かなかった。エリックが俺の掌の上から、更に耳を塞いでいてくれたから。

「アラン、お前はここにいろ」

そう言うと、不意にエリックが身を離して、俺は空中に跪いた。そこで目を開けて初めて、想像以上の惨状に気付く。娘は服を破かれ半裸で、ぽっかりと空ろな瞳を開いていた。それなのにまだ男は、興奮して娘を犯し続けている。男には見えなかったが、大量の帯状のシネマティックレコードが、膨れ上がって男の背中を狙っていた。

あまりにも無念の死の場合、時に人は、道連れを欲する。娘のシネマティックレコードが、今まさにそれだった。

エリックが、俺がしがみついていた分遅れて、ノコギリ型のデスサイズでそれを阻止する。殺人犯でもリストに名前がない以上、死なせる訳にはいかないのは百も承知だったが、男を守るエリックを見て、俺はその理不尽にまた眉根を寄せて瞳を閉じた。

「アラン!危ねぇっ!!」

言われた時には、手遅れだった。

「グッ…!!」

暴走したシネマティックレコードの一本が、深々と俺の胸を貫通していた。娘の人生が、流れ込んでくる。

「ヒッ…」

「アラン!!」

エリックが、男を放棄して俺の元へかけ上がってくる。でも、エリックがその一本を切断する前に、俺は彼女の濃縮した人生を味わっていた。

最近、結婚式をあげた事、お腹の中には赤ちゃんがいる事、そして今、行きずりの男に犯された事──。快感とは程遠い、痛みと嫌悪に満ちた感触が、生々しく俺の身体にも蘇った。汚い肉棒が、俺の下腹部を突き上げる。

「あっ、あ、エリッ…助けて…!」

「アラン!!」

すぐにエリックが叩き切ってくれたが、初めて味わうその感覚がレイプだった事に、俺はショックを受けてすすり泣いていた。

「アラン、大丈夫か?!」

「エリッ…ク…」

(どうしよう。俺、レイプされたんだ。汚れてる…もうエリックの側にはいられない…)

エリックが強く抱きしめてくれるのが分かったけど、薄れゆく意識の中、俺はそんな風に思って闇に落ちた。

Continued.

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