♪10万HITS企画♪

□【3】
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俺はまどろみという草木の生い茂った浅い沼の淵で、掌の上に乗った輝きと話していた。『彼女』はとても哀しんでいる。俺も何故だかとても哀しくて、大粒の雫が頬を伝っていた。

──アラン…一緒に来て…。

(うん。二人なら、哀しくないかもしれないね)

──私はしばらく、沼の底に沈むの…魂が傷ついてしまったから…そう、何百年か。

(君が寂しいなら、俺が側にいてあげる)

──ありがとう、アラン…こっちよ。

手の中にあった青白い輝きが、儚い蝶のように舞ってそう大きくない沼の中心に留まった。そしてそこで、俺を呼んでチラチラと明滅する。

──アラン…来て…。

(分かった。二人なら、寂しくないね)

俺は沼の中へと一歩足を踏み入れた。だけどそこに溜まっていたのは水ではなく、しゃらりと『時』が絡み付いてくる。その感触に少し戸惑って、俺は次の一歩を躊躇った。

──お願い…アラン…。

でも俺を呼ぶ『彼女』の声は、張り裂けそうな哀しみを湛えて、甘く囁く。

(うん。ごめん…待ってて…)

不思議な感触のする『時』の沼に入り、俺は『彼女』を目指して沼の中央へと進んでいった。

──アラン…。

「…ラン…」

「…ん…待って…」

「アラン…?」

──アラン…。

「今…行く…から…」

──アラン…。

「アラン!行くな、アラン!戻って来い!!」

瞬間、『彼女』に触れそうになっていた手と反対の手が、恐ろしいほどの力で引かれ、俺は沼から引きずり出された。

「嫌っ…!」

離れていく『彼女』の絶望を思い、俺はその手を振り解こうと暴れる。でも、握り潰さんばかりに手を強く握られ、懐かしいような気がする声が、必死に俺の名を呼んでいた。

(本当に俺を必要としているのは、このヒトかもしれない…?)

戸惑いながらも引かれる方の手を振り返った時だった。

「アラン!しっかりしろ!!」

突然まばゆい光が差し込んできて、俺は目が眩んで一瞬瞳を閉じた。

「アラン!!」

『彼女』の囁きから一転、大声に瞼をあげると、俺の左手を強く握り、もう片方の手で肩を掴んで強く揺さぶっている同じ色の瞳と目が合った。ひどく近い。

「アラン?大丈夫か?!」

「あ…」

何故俺は、この声を、顔を、忘れるなんて事が出来たんだろう。まどろみの中と同様に、頬は泣き濡れていた。体温は、真夏なのに震えるほど低い。

「エリック…」

愛しいその名を呼んで、俺はようやく、シネマティックレコードの暴走の事を思い出した。あと何秒か遅かったら、あの娘の人生のエンドマークに巻き込まれ、一緒に死んでいただろう。そして、今も、また。

「アランお前、冷てぇぞ。待ってろ。毛布出してやる」

無事を確かめるようにしっかりと言い聞かせてから、エリックはクローゼットへ向かい毛布を出してきて、俺に羽織らせる。そこは見覚えのない、生活感の感じられないガランとした部屋で、俺はダブルサイズのベッドの上に半身を起こしているのだった。ジャケットは脱がされていて、小刻みに震える俺を暖めようと、エリックが首元で毛布をかき合わせてくれる。

「アラン。人間に入れあげるなと何度言ったら分かるんだ。お前、今…」

「うん。ごめん。俺、エリックのこと忘れてた」

「あ?」

険しくなる眉を何とか解そうと、俺は知らずにエリックの頬を両掌で包み込む。

「ごめん。一番大事なことなのに…」

エリックは、俺の言葉を聞くと眉根を怪訝そうに顰めて、やがてやや八の字に眉尻を下げた。ほうっとつく息が、俺の額に当たってくすぐったい。

「…頭打ったか?これ以上、心配させないでくれ。俺は、お前以外のパートナーとなんて、組みたくねぇんだ」

(あ…エリック、顔、近い…)

吐息交じりの言葉の吐息がいちいち額に当たって、寒気とは違う感覚が、ぞくりと首を竦めさせた。急に意識してしまい、俺は両手を引っ込めて目を逸らし、唐突に話題を変える。

「あの…ここ、何処?」

「ああ…俺の部屋だ」

「えっ」

動揺に、思わずエリックの顔をまた正面から見据えてしまった。

(エリック、遊ぶ時も、絶対に自分の部屋は使わないって聞いたのに…)

言われて見れば、モノクロで統一された、ベッドばかりが領地を占める『ただ寝るだけの部屋』は、エリックらしいと言えばそう見えた。誰も招き入れたことのない部屋に、俺を運んでくれるなんて。

「うっ…」

だけど心の高揚とは別に、身体が痛んで俺は小さく漏らしていた。

「どうした?どっか痛むのか?」

「う…ううん」

俯いて、俺は嘘をつく。言えない。犯された下腹が痛むなんて。エリックが心配そうに俺の顔色を窺えば窺うほど、俺は蒼ざめる顔色を隠して、ごろりとベッドに横たわって背を向けた。

Continued.

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