♪10万HITS企画♪

□【9】
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肌寒くて目が覚めた。何故なら、素肌に夏がけ一枚で眠っていたからだ。季節は急速に気温を落とし、秋雨がシトシトと降る音が濡れた窓ガラスから耳に忍びいっていた。

(あれ…)

一瞬、見覚えのない部屋に違和感を覚える。けれど枕を抱えるようにして眠っていたから、その甘い香りにピンと頭が働いた。

(エリック…)

ヒトは、香りと思い出を結び付けて覚えるという。だから、思い出した。エリックがいつも付けている香水の香りで。ヒト恋しさに枕を抱えるのはいつもの癖だったが、誰かの香りを感じたのは初めてだった。

(枕一個しかないから、エリック寝づらかったろうな)

幸せに、思わず口角が緩む。でも疲れきった身体を起こしても、白い肌に紅が散るばかりで、エリックの気配は感じられなかった。

「エリック…?」

当然、呼んでも返事はない。代わりに、俺一人分の温もりしかないベッドの上に、カサリと何かが音を立てた。あんなに求めあった朝──いや、もう昼前だろうか──に、エリックが居ない事に鉛を飲んだような胸騒ぎを覚え、俺は音のする方に目を凝らした。

まだ覚醒しきらぬ裸眼の視界に入ったのは、白いシーツの上にぼんやりと浮かぶ、同じように白い紙片だった。シーツは、清潔なものに取り替えてある。

(何だろう)

愛しいヒトが化けてしまったように、俺は大切にそれを拾い上げた。いつも報告書で目にしているエリックの筆跡で、何か書いてある。

「『買い物に行ってくる』…」

一人寝の寂しさに、我知らず口に出してしまう。

(買い物?一日くらい食べなくたって、俺たち死神は何の問題もないのに。エリック…何処に…)

やっとエリックとひとつになれたのに、何処か心は薄ら寒い。心も、身体も。

(まさか、派遣協会に出勤したのかな。あの庶務課の可愛い、ヴィアンカの顔を見に)

その時だった。玄関ドアがカチャリと音を立てたのは。反射的に顔を上げると、エリックが小さな袋を手にして外から帰ってきた所だった。肩には、朝露のように雨粒が微かに光っている。何故かひどく安心して、目元が潤んだ。

「おはようアラン。よく眠れたか?…ってお前、何泣いてるんだ?!」

大粒の涙をひと粒ポロリと溢した俺を見て、エリックが鍵もかけずに駆け寄ってくる。

「エリックが…居ないから…」

自分でも滑稽だと思うほど、俺はエリックを求めていた。もう片時も離れたくないと思うのは、不安と独占欲の表れだとも気付かずに。そんな俺のブラウンの前髪に、エリックは微笑んで優しいキスをくれた。

「悪かった、アラン。今度からお前が目を覚ます時には、必ず側にいるから」

ポンポン、と頭に掌を置かれる。そう、それは魔法だった。俺をとても幸せにさせる。

「待ってろ」

涙のひいた俺にニヒルな笑みをひとつ浮かべて、エリックが袋の中身の包装をとき始める。

(あ…買い物ってこれか…)

それは食料ではなかった。小さいけれどゴールドのリボンのかけられた小箱で、純粋に綺麗だった。

ひとつ。出てきたのは、ライムグリーンに輝くペリドットの小さなピアス。確か、エリックの誕生石だ。エリックはそれを、左耳に付ける。

もうひとつあった。珍しく丁寧にエリックが包装をとくと──グリーンがかった透明感のあるブルーのアクアマリンの石の付いたボディピアスが表れた。まるで俺たちの瞳の色みたいに、自らの意志で内から輝いているようだった。

「これ、俺の誕生石…!」

「ああ。給料日前だから、安物だけどよ」

誕生石を贈るのは、確かプロポーズじゃなかったか。それにエリックは、「今度からお前が目を覚ます時には、必ず側にいるから」と言ったはずだ。不安をかき消して沸き上がってくる想いに、言葉を発せずにいると、エリックが下腹に触れてきた。

「ぁっ…」

「大丈夫だな…」

それは、例の件の確認だろう。エリックの反応から、俺はもう想像妊娠という枷から解き放たれたんだろうか。そしてエリックの指が、今へそに付けているシルバーのボディピアスを外しにかかる。くすぐったくて、俺は僅かに身をよじった。

「やっ…」

「アクアマリンの付いたボディピアス探すの、苦労したんだぜ。…受け取ってくれるか?」

返事を待たずに付けている癖に、エリックが笑い混じりに聞いてくる。エリックらしい所だ。そんなちょっと強引な所も含めて、俺はエリックが…。

「似合ってるぞ」

「エリック、愛してる…!」

想いが溢れて、思わず俺はエリックをきつく抱き締めた。

「うおっ」

その勢いに、エリックがベッドの上で少し後ずさる。でもその後、すぐに抱き返してきて、機嫌よく言った。

「プロポーズの返事は?」

「…イエス!イエスイエスイエス!!」

何度も繰り返してしまうと、ベッドの上に二人分の笑い声が弾けた。

「言ったな。もう離してやんねぇぞ」

「エリックこそ、浮気したら許さないんだから」

二人を隔てるシーツを取り去り、エリックがキスを仕掛けてくる。笑みの形に上がった二人の唇が出逢い、それはその日一日、いつまでも離れる事がなかった。

(俺たちはひとつになれたんだ。死が二人を分かつまで)

瞳を閉じてエリックの口付けに酔いながら、そんな風に思って、俺は気付いた。死神の命が永遠な事に。

「ずっと一緒?」

「ああ。永遠に」

エリックが明確に答えて、俺たちはまたひとつになった。心も、身体も。永遠に──。

End.


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