Z組です、天才です!
□真貴と兄妹
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息が切れるのを忘れるほどに、無意識に走ってきたのは僕の近所の墓地。
そして、周りのお墓より一回り大きい墓石の下に、僕の妹、「紗貴」は眠っている。
「あ…真貴さん」
僕が来るよりも先に来ていたのは、叶の弟の瑞樹君でした。
「瑞樹君、来てくれてたんですね」
「まぁ…最近来れてなかったので、今日は絶対来ようと思って」
そうやって笑う瑞樹君の顔は、僕と同じように苦しさを隠すよう。
辛さを紛らわすためにここに来たのに、余計に辛くなってしまった。
僕は1度だけ、人を殴ったことがある。
紗貴は、生まれたときから足が不自由だった。
小さい頃から病院に居て、僕は毎日お見舞いに行った。
1つ下の紗貴は、僕が来るのを毎日心待ちにしているようだった。
「お兄ちゃん、今日はどんなことを教えてくれる?」
そう言って笑っていた。
小学生になると、車椅子を使うようになって、行動範囲も広まった。
親戚たちにも紗貴を紹介して、友達もできた。
その中でも特に仲が良かったのは、同い年の瑞樹君。
学校に通っていない紗貴にとっては、数少ない親友になったんだと思う。
そして、僕が中学1年生の冬。
「お兄ちゃん、紗貴、来年から中学校行く」
「え…どうしたんですか?突然」
「パパとママに相談してたの。でね、体育とかはできないけど、普通に勉強する分にはいいんじゃないかって、言ってもらったの!
先生にも、車椅子上手に使うから大丈夫だって言われたよ!」
「でも、小学校での勉強もしてないし…第一、友達だって…」
「大丈夫だよ!お兄ちゃんに勉強教えてもらってたから、紗貴頭いいもん!
お友達も、瑞樹君が居るから平気だよ」
「本当に…大丈夫ですか?」
「うん!」
僕はその笑顔を信じた。
何より、今までしたい事のできなかった紗貴が、自分から行きたいと言っているのなら、僕はそれを叶えてあげるべきだと思った。
そして春、紗貴は童話学園中等部に無事入学した。
最初こそ楽しそうだった紗貴の顔は、日が経つにつれてどんどん暗くなっていった。
心配になって、隣のクラスの瑞樹君に紗貴の様子を聞いてみると、案の定、予感は的中した。
「紗貴ですか?…あんまりこういう事言いたくないんですけど、クラスから爪弾きにあってるみたいです。
クラスの奴らと話すの見たことないし、休み時間は常に俺と一緒に居ます。
小等部からの持ち上がりが多いところに、障害持ちの紗貴は、あいつらには邪魔にしか思えないんだと思います」
瑞樹君は申し訳なさそうに顔をゆがめた。
帰ってから、紗貴に何度も「無理していくことは無い」と言っても、
「紗貴が決めたことだから」と言って利かなかった。
そして、その年の11月に事件が起こった。
昼休み、僕の携帯に紗貴からの電話が来た。
普段、学校の中で携帯を使うことのない紗貴からの連絡を不思議に思って出てみると、
「お兄ちゃん…助けて」
「紗貴?どうしたんですか!?」
呼吸を荒くし、こわばった声で紗貴は続けた。
「クラスの人に、教材を取ってきてほしいって頼まれたから倉庫に行ったら…後ろから誰かに押されて、車椅子から落ちて…扉、頑張っても開かないよ…
ここ、暗くて寒いよ…お兄ちゃん、助けて…」
屋上で級友とお昼を食べていた僕は、慌てて会談を降りた。
「どこの倉庫ですか!?」
「西棟の、第3倉庫…お兄ちゃん、怖いよ…」
「西棟!?大丈夫です!僕がすぐに行きますから!!」
西棟は特別教室ばかりで、普段使う生徒はあまり居ない。
それに、第3倉庫は人目につきづらいところにある。
となれば、きっと閉じ込められているはず…。
途中、通りかかった廊下に瑞樹君の姿を見つけ、捕まえた。
「瑞樹君!今すぐ西棟の第3倉庫の鍵を借りて、そこに来てください!!」
「ま、真貴さんどうしたんですか!?」
「紗貴が閉じ込められてるんです!紗貴は暗所恐怖症だから、急がないと!」
「わ、分かりました!すぐ借りてきます!」
瑞樹君を職員室まで走らせ、僕は急いで西棟へ向かった。
西棟へ入ると、やはり生徒は誰も居ず、紗貴の声だけがむなしく響いていた。
「紗貴!」
「お兄ちゃん…!」
第3倉庫の前まで来ると、紗貴の荒い呼吸が聞こえてきた。
やはり、過呼吸気味になっている。
ドアノブをがちゃがちゃとまわしてみても、ドアは開かない。
「くっ…開かない…」
「お兄ちゃん、怖いよ…暗いよ、怖いよ…!」
「大丈夫です、紗貴。今、瑞樹君が鍵を持ってきてくれますから」
僕は紗貴が不安にならないよう、出来るだけ穏やかな声で語りかけた。
だけど、不運に不運は重なるもの。
そのとき突然、あたりがカタカタとゆれ始めた。
そのゆれは次第に大きくなり、立っていられないほどに大きくなった。
「お兄ちゃん!!」
「大丈夫です…大丈夫ですよ!」
数十秒すると、ゆれはおさまった。
「紗貴、大丈夫ですか!?」
「うん、大丈夫…」
安堵のため息をついたとき、ガラガラと何かが崩れる音がした。
そして、「きゃあ!!」という紗貴の叫びと、ゴンッ、という鈍い音がしたと思うと、紗貴の声が聞こえなくなった。
「紗貴…?紗貴!!返事をしてください!!」
どんなに呼びかけても、紗貴の返事が無い。
僕には、中がどんな様子になっているのか創造できなかった。
「真貴さん、鍵借りてきました!!」
息を切らして駆けてきた瑞樹君の後ろには、先生が2人付いてきていた。
慌てた様子で鍵を開けた先生を押しのけ、僕は勢いよく扉を開けた。
中の様子は、僕の想像をはるかに超えていた。
棚から崩れ落ちたダンボールの数々の下敷きになっている紗貴。
そして、中身の詰まったダンボールの1つが紗貴の頭に落ちて角を赤く染め、飛び出た中身の鉄パイプが紗貴の足に刺さっていた。
大量の血が、倉庫の床を赤く染めていて、紗貴は小さく呻くだけ。
あまりのひどさに、僕は動けなかった。
「さ…き…?」
恐る恐る近づき、その手に触れる。
「お…にい、ちゃん…」
ゆっくりと顔を上げた紗貴は、顔の半分を血に染めていた。
「痛い、よ…お兄ちゃん…」
「喋らなくていいから…先生、早く救急車を呼んでください!!」
僕は呆然と立ち尽くしている先生を急かした。
「お兄ちゃん…紗貴、死ぬの…?」
「死なない!!絶対死なないから…!!」
僕は紗貴の頭を抱いた。
血のついた紗貴の頭は、僕の制服を赤く染めた。
「お兄ちゃんは、最後まで優しいね…
紗貴ね、お兄ちゃんが紗貴のお兄ちゃんで、すっごく良かったよ。大好きだよ、お兄ちゃん…えへへ」
「そんな…そんな、これでお別れみたいに言わないでください!!」
僕のこぼした涙は、ぽたぽたと紗貴の頬に落ちる。
「紗貴…」
「瑞樹君もいるの…?」
鍵を借りてきてくれた瑞樹君も、紗貴の手をとって涙をこぼしていた。
紗貴は血が目に入って、それすらも見えていない。
「紗貴…瑞樹君がここの鍵を借りてきてくれたんですよ…?」
「そうなの…?ありが、とう」
紗貴の呼吸が荒くなってきた。
それは、もう限界が近いのだと、僕たちに悟らせた。
「瑞樹君…今まで、紗貴にいっぱい優しくしてくれて…ありがとう。
瑞樹君はね、家族以外で、初めて紗貴が大好きになった男の子だよ。
紗貴、は…瑞樹君の…笑った顔、が、好きなの」
紗貴は力なく瑞樹君の頬に触れた。
「笑って?」
瑞樹君は頬に触れた紗貴の手に自分の手を重ねた。
「俺も好きだ。紗貴が好きだ…だから、死ぬな…」
それを聞くと、紗貴は微笑んだ。
「お兄ちゃんも…瑞樹君も…今まで、ありがとう…
2人とも、大好き、だよ」
そして、その笑顔だけ残して、紗貴は息を引き取った。
遠くで、救急車のサイレンの音だけが響いていた。
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