unknown music

□仁×來
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出逢い 仁×來


 雪。

 改札を出ると、なじみの薄汚れた駅が
けがれない白く輝く駅と化していた。
 所々、寒い中外に駆り出された誰ともわからない人間が、
赤と白の服を着てチラシを配っている。

 初めて過ごす独りきりの冬。

 ビルに積もる雪は初めてだ。
と、仁は物珍しそうに雪を眺めていた。
 いつもの硬いコンクリートは雪に隠れ、
人々の足跡をつけていく。
 しかし、その足跡の下から見えるのはやはり、
変わらなく硬いコンクリートだった。
 それを見ていると、実家の庭が恋しくなってくる。
あそこなら、ガキみたいに走り回って、
雪だるまを好きなだけ作れるのに…。
 そこまで考えてから雪だるまに囲まれた自分を想像して、
少しばかり笑いがこみ上げてくるのだった。

 仁は立ち止まって空を見上げる。
 地上とは違い、少し灰色がかった雲。
 そこからふわふわと舞い降りてくる雪。
 それだけが今、彼の疲れた心を癒してくれているのだった。
 仁は、いつも鳩たちが集まる手頃なベンチまで行き、
積もった雪をよけて座った。
 周りに座っている人は誰もいない。
 わざわざ、雪にあたりまでしてベンチに座ろうという人間は、いないのだろう。
 では、なぜ彼はベンチに座っているのだろうか。
 それは、彼が少しばかり神経症気味だからである。
 神経症―心理的な原因によって起こる心的な障害。
 所謂、ノイローゼ。
 そのノイローゼは、少なくとも今年の夏の初め頃から発症し、どんどん悪化してきている。
 その理由の元を辿れば、今年の春まで遡る事になるだろう。

―上京―いわば、独り立ち。

 仁の家は秋田の田舎町にある、ごく普通のありきたりな家庭だ。
 両親と五つ違いの姉との四人暮らし。
 その姉が村の病院で働く事になったのもあり、
仁が上京したいと言った時も反対することなく送り出してくれたのだ。
 上京したいと思ったきっかけは、右肩にかけているベースだ。
 当時の仁は、サッカー選手とか、記者とか、特になりたい物はなかった。

…ベースに出逢うまでは。

 昔から、仁は音楽が好きだった。ジャンルは問わない。
 とにかく、楽器の音色やリズムを聴いているのが好きだった。
 小学五年の夏、仁の同級生の兄が久しぶりに帰省して来た。
 その時、彼が右肩に掛けていたのが―ベース。

「それはギター?それともベース?」

 無邪気に問う仁に、彼はベースを弾いて聞かせた。
 勿論ベースだけだ。 メロディしか弾いていない。
 しかし、仁はその軽快な指さばきと
腹に響くような機械と柔らかな音楽との絡みが、
憧れとして目に焼きついたのだった。
 そして次の年、仁はベースを買ってもらった。
 弾き方はきっかけをくれた彼が書いてくれたノートを参考。
 中学に入っても部活やテスト勉強と両立し、どんどん腕を上げていった。

 将来の夢は世界一のバンドを組むこと。

 そして今、仁はこの場にいる。

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