いろいろな色

□悪 の悪
1ページ/1ページ



「それは、いけないことなのです」

身体が、風によってバランスを崩した。ふわり、と感じた浮遊感と恐怖。いろいろなものが入り混じる。混じったそれらは曖昧な感情で、けれど黒く重っ苦しいなにかだった。


生きているのに嫌気が差した。
ボロボロな身体と心。死んでしまおうと屋上に来た。生きていることが辛かった。自分にのしかかるものが邪魔でしょうがなかった。
自分を産んでくれた親には申し訳ないと思いながらも、フェンスをよじ登った。

「あなたは、この世で最も悪いことがなにかわかりますか?」

不意に声がした。見れば、いつの間にかすぐそばに女がいた。真っ黒なスーツを着た女だ。

「わたしの主は、人を殺すのは〈悪〉いことだと言います。殺すのは〈悪〉いことだと。ですから、やめてください」

誰も殺す気はないというのに、その女は変なことを言う。飛び降りてもし人を巻き込んだらどうするんだ。ということなのだろうか。
こんな時間だ。人なんてそうそういない時間なんだから、その可能性はゼロに近い。

「安心してください。私は誰も殺しません」
「なら、何故そんなところにいるのですか?」
「それは……」

自分が死ぬため、なんて言えるわけもなく。よくできた言い訳も思い浮かばない。

「殺すのは〈悪〉いことです。主は、自分を自分で殺すことこそ一番〈悪〉いことだと言います」

女が自分を見る。

「だから、死のうと思わないでください」

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ