いろいろな色
□悪 の悪
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「それは、いけないことなのです」
身体が、風によってバランスを崩した。ふわり、と感じた浮遊感と恐怖。いろいろなものが入り混じる。混じったそれらは曖昧な感情で、けれど黒く重っ苦しいなにかだった。
生きているのに嫌気が差した。
ボロボロな身体と心。死んでしまおうと屋上に来た。生きていることが辛かった。自分にのしかかるものが邪魔でしょうがなかった。
自分を産んでくれた親には申し訳ないと思いながらも、フェンスをよじ登った。
「あなたは、この世で最も悪いことがなにかわかりますか?」
不意に声がした。見れば、いつの間にかすぐそばに女がいた。真っ黒なスーツを着た女だ。
「わたしの主は、人を殺すのは〈悪〉いことだと言います。殺すのは〈悪〉いことだと。ですから、やめてください」
誰も殺す気はないというのに、その女は変なことを言う。飛び降りてもし人を巻き込んだらどうするんだ。ということなのだろうか。
こんな時間だ。人なんてそうそういない時間なんだから、その可能性はゼロに近い。
「安心してください。私は誰も殺しません」
「なら、何故そんなところにいるのですか?」
「それは……」
自分が死ぬため、なんて言えるわけもなく。よくできた言い訳も思い浮かばない。
「殺すのは〈悪〉いことです。主は、自分を自分で殺すことこそ一番〈悪〉いことだと言います」
女が自分を見る。
「だから、死のうと思わないでください」