物かたり

□彼女は彼女が好きだった
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朝というにはまだ暗い。そんな中途半端な時間に目が覚めた。

枕の横に無造作に放り投げられた携帯を見ると、原時刻4:54。

着信1件の文字にカーソルを合わせボタンを押す。
出てきた文字に眉を寄せた。
『キチガイ狂乱女』

とたんにブルブルとマナーのくせにけたたましい音を発しながら、まだ使い馴れない小さな電話が震えた。

通話ボタンに指を置き、押そうか押すまいか3秒考える。
そしてまだ微睡んでいたわたしは誤った答えを導き出し、通話ボタンに置く指に力を入れた。


「あんたはあたしの家を盗撮してるわけ?」

開口一番にそう発する。
寝起きのためか部屋が乾燥しているからか、わたしの声は意外に掠れていた。

「いや盗撮はしてない。ヒイラギ、なんか今日声エロい。興奮する」

わたしは大きな音で咳をした。
喉に詰まっていたものが流れる。

黒に青を少し混ぜたような部屋が鬱陶しい。
電気を付けた。
蛍光灯の光は軽薄で非情で好きじゃない。

「一体何時だと思ってんの。非常識ビッチ」
「ん、えー、8時56分?」
「あんたの家は時空が4時間進んでるよ」

隣にいた真っ赤な兎のぬいぐるみを触る。
この兎の耳を触ると安心する。
赤ちゃんが毛布を手放さないのと同じようなものだ。
けれど今通話中の変態から貰った物だと思い出し、長ったらしい耳を掴んでベッドの外へと放り投げた。
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