千の夜の夢

□出会い
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さっそく購入したWiiを手に、私は立体駐車場をさ迷っていた。

なぜなら、自分でどこに車を停めたのかわからなくなってしまったから。

「7階じゃなかったっけ…いや…この車見た気がする…」

私生活においては自分でも呆れるレベルの方向音痴…に加えて、記憶力も怪しいのが私だ。

仕事になればなんでもテキパキやる方なのは自他共に認めるところなんだけど…。

私生活はからっきしだ。

よく一人暮らしが成立してると思う。

「…ない…も…足痛い!!」

苛立ち紛れに、すぐ足が痛くなるデザイン重視の華奢なミュールでアスファルトを力一杯蹴りつけた。

《バキッ》

「わっ!」

踵が折れる音とともに私はバランスを崩してその場に倒れ込んだ。

とっさにWiiを死守しようとしたから手を着けなくて、見事に尻餅をついた。

痛いけどそれより誰かに見られてないか咄嗟に辺りを見回した。

…誰もいない。

よかった。

こんなの見られてたら恥ずかしすぎる。

慌てて立ち上がろうとした時だった。

ガチャッと車のドアを開ける音。

ゆっくり音のした方向を振り返ると、黒い外車から降りてくる人影が目に入る。

スラリとした長い足に続いてサングラスをかけた小さな顔が現れる。

サングラス越しだけど、こっちを見ているのがわかる。

こっちに来る。

どうしよう。

とにかく立たなきゃ。

「大丈夫ですか?」

外車で平日昼間にサングラス。

カタギじゃないことは確か。

にっ逃げなきゃ!

慌てて立ち上がったら、ミュールの片方の踵が折れてることを忘れててバランスを思いっ切り崩した。

「ひゃっ!」

後ろに倒れる!

そう思ったのに、痛くない。

「大丈夫ですか?!」

すごい近距離で聞こえる焦ったような声。

それにすごくいい匂い。

私は走ってきたその男性の胸に抱き留められていた。

呆然としている私を引き起こすと、その人は私の足元を見て口を開いた。

「ヒール、折れちゃってますね。てか、くるぶしのとこ擦りむいてる。車ですか?」

立て続けに言われて、とりあえずコクコクと頷いた。

「車まで送ります。どこに停めてます?」

聞かれて言葉に詰まる。

どこに停めてあるかなんて、私が聞きたい。

だいたい立体駐車場ってどの階も同じ造りだから、私はいつも車を見失ってしまう。

お客様に優しくない!

スーパーが悪い!

足痛い!

恥ずかしい!

「も…やだ…」

なんだか泣けてきた。

頭の中がグチャグチャで、なにもかもに腹がたった。

「…大丈夫?」

急に子供に話すみたいなトーンで話かけないで。

「足?痛い?」

違う。

だいたいあなたなんか知らない。

知らない人なのに構わないで。

「ふっぅ…うぅ…」

なにもかもどうでもいい。

疲れた。

私は疲れたんだ。

号泣しながら私はその男性に促されるまま車に乗せられたけれど、もう本当に急激に全部がどうでもよくなった私にはそんなことは気にならなかった。

ひとしきり泣いて我に返るまでは…。
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