蜜柑小説
□ベンチと夕暮れ
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その瞬間、息が詰まった。
「……やべえ。服、真っ赤でさぁ。」
自分の服をつまみながら、一人になってしまった暗く重たい部屋で呟く。
わざと呑気に言ってみたものの、この空気が軽くなることはない。
また人を殺した。
これが仕事だ。
その一言で、今まで前に進めたものの。
「2時半……。…間に合うかな。」
血に濡れた床を歩き、倉庫の扉を開けた。
日が短くなったせいか、既にだいぶ傾いている太陽が光さしていた。
振り向き、再び扉の取っ手を掴む。
見えた、あの黒いものたちを遮るようにして、沖田は扉を閉めた。
「サドの奴遅いネ……。バカっ。」
公園のベンチ。
もう秋も終わりを迎え始め、辺りの木々は既に葉を落としていた。
そんな寒い夕方の頃。
神楽はちょっとしたコートを着て、手袋をはめ、頬を赤くさせながら一人待っていた。
「あっちから誘ったクセに何ヨっ…。この神楽様が待ってやってるのに、…あのクソ男。」
神楽はぶつぶつと呟いては、響く少しの足音にピクリと反応し、入り口に目をやる。
しかしやっぱりそれは沖田のものではなく、シュンと肩を落とした。
「どこ見てんでさぁ。」
「ぎゃっ!」
今まさに落胆していたときに、後ろから声が響き神楽は思わず驚いて変な声をだす。
バッ、と勢いよく後ろを見ると、そこには息を切らした沖田がいた。
神楽は少しだけ、俯く。
そしてなんだか胸の奥がじんわりと熱くなって、ちょっぴり涙がでそうになった。
ケガしたときお母さんに、「よしよし、大丈夫だよ。」って言われて泣いちゃうアレと同じだ。
「おっ、遅いアルっ!!私どれだけ待ったと思ってるネ!!」
でも沖田の前で泣くのは絶対に嫌なので、神楽はグッと熱いものを飲み込み、勢いよく立ち上がっていつもみたいに沖田の悪態をつく。
「…待った、っつてもちょっとだけだろい。」
「ちょっとじゃないアルっ!ほら、触るヨロシっ!」
一言でさえも謝ろうとしない沖田の前へ行き、神楽は怒っておもむろに手袋を剥いで、沖田の手を握った。
沖田は、なんだコイツ、と目を丸くさせ、その手の冷たさにも少し驚く。
「つめてー…。」
「だろ?女の子をこんな寒い日に待たせるなんていい度胸………」
「…なに?」
プンプンと怒っていた神楽であったが、ふと沖田を見て眉をひそめる。
そして神楽はなぜかどんどん顔を赤くさせていった。
というのも、沖田が両手でギュッと神楽の手を包んでいたからだ。
「て……、手っ…!離すヨロシ!!」
「お前が握ってきたんだろい。」
「そ…っ…そうアルけど……。」
声をしぼませる神楽を見つめて、沖田は一歩神楽に近づく。
約30センチほどの距離。
「熱、奪いすぎ……。」
「……当たり前ヨ……。神楽様がずっと待ってたんだモン。」
「……悪かったって。」
ふに、と神楽の膨れる頬をつまんで、沖田は言う。
ちょっと不満げに唇を尖らせていたものの、イイヨと言おうと神楽は口を開いた。
しかしふと視線が落ちたとき。
まだ握られていた片方の沖田の手が、神楽の目に留まった。
「チャイナ?」