ZEXAL
□オレンジに沈む秘め事
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「よ、遊馬」
「あ!先輩!」
放課後、高校の帰り。今日は早めに帰るか、もしくはカードショップでも寄ろうかと模索していたところ、またデュエルの相手を探していたのだろう遊馬の後ろ姿が見えたので軽く肩を叩く。そうして振り向いた遊馬は私の姿を目に入れると何故か嬉しそうに声を高らかに上げた。
「先輩!珍しいじゃん、今日はまっすぐ帰らないんだ」
「ああ、ちょっとね。すぐ帰ってもよかったんだけど、カードショップにも寄ろうかなって」
「デッキ構成するつもりだったの?」
「まあ…そんな感じ」
「先輩のデッキ構成、見てみてえなあ!」
「ふふ、それは企業秘密だ」
話を弾ませていると誰かの影が前を阻む。何だと遊馬に向けていた視線を前に向けると此処にいてはいけない人物がいた。
「よぉ、随分楽しそうじゃねぇか」
にやりと厭らしい笑みを浮かべるのは、
「お前…!W!」
そう、遊馬が牙を剥いている相手は双子の弟であるWだった。あれだけ下に降りて来るなと言っておいたのに。聞き分けのない子は好きじゃない。
「何だよ、やるのか?」
「ああ!デュエルだ!」
「………止めろ」
額に手をやって溜め息を吐くと遊馬がバッとこちらを向いて、だって、と言葉を続けた。
「こいつ、Wは…!」
「…これだけは言いたくなかったんだが…。遊馬、こいつは私の愚弟だ」
「おい」
愚弟って何だ?とはてなを飛ばしている遊馬はアストラルに聞いているのだろう。私とWは隣合い、一瞬だけ視線をかち合わせる。ようやく愚弟の意味を知ったのか、妙な声で叫ぶ遊馬に目を戻した。
「な、なな…!Wが、先輩の弟ぉ!?しかも馬鹿な!?」
「馬鹿は余計だなぁ…」
こめかみをぴくりと反応させ、若干喧嘩腰のWのことは無視して、遊馬と改めて向き合い、後頭部を掻く。
「まあ、そういうことだ。このことは皆に内緒にしておいてくれ、頼む」
「う、うん…分かった…」
どこか納得のいかない様子で頷く遊馬の頭を撫でると、頬が赤くなっていくのが分かった。照れてるのか、可愛いな。
「あああ!」
「あぁ?」
「おま、先輩から離れろよ!」
「なんだ?羨ましいのか?」
「な、そうじゃな……くもないけど…、いいから!離れろぉ!!」
場所を考えろといい加減言いたい。いや、何回言っても聞かない方が悪いんだ。うん。Wは背後から私の腰に腕を巻き付けて、肩に顎を乗せている(のだろうと思う)。それを止めさせようと遊馬は躍起になってくれている。いい子だな、遊馬は…。うちの弟とはまるで違う。どこか遠くでWと遊馬のやり取りを耳に入れていると突然ぐい、と強い力で顎を掴まれ、唇に柔らかい感触。だから場所を考えろと言ってるだろうが。
「お前にはこんなこと、できねぇだろ」
「な、な、な、」
顔を真っ赤にして口を魚のようにぱくぱくさせている遊馬を見るとだんだん哀れになってきた。抱き着いているWに肘鉄を食らわせて、遊馬の頭をぽんぽんと撫でてやる。
「先輩!」
「ん?」
「Wと姉弟なのに、その…き、キス…」
「ああ、いつものことだからなあ…特に姉弟とかは気にしてない。軽いスキンシップのようなものだろう」
「いつも!?」
これには流石の遊馬も軽蔑しただろうか。姉弟でキスなど…。しかし遊馬は軽蔑した様子もなく、怒りに震えているようだった。
「おいW!」
「な、なんだよ…っ」
先程の肘鉄が鳩尾に入ったのかは知らないが、うずくまって痛みに耐えているWに遊馬が指を差す。
「お前には負けないからな!」
「はあ?」
「じゃあ、先輩また明日!」
「ああ、バイバイ」
跳ねるようにして帰っていった遊馬に手を振って、その背中が見えなくなったところでWを見下ろして手を差し延べた。
「ほら、帰るぞ」
復活したWは鼻を鳴らして私の手を取り、起き上がる。
「今日は歩いて行くか」
「んだよ、やけに優しいじゃねぇか」
「こういう日もあるってことだ。ありがたく思えよ」
「そうだなぁ…。じゃあ、俺も今日くらいは素直になろうかな」
する、と握られた指が思いの他大きく骨張っていて、弟もすぐ大人の男になるんだなあ、と柄にもなく感銘を受けた。
ああ、夕日がやけに眩しい。
オレンジに沈む秘め事
title:幸福
修正:2012.04.18