夏戦
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わたしが4歳の時のこと。
何かとお父さんとお母さんが、「もうすぐおねぇちゃんになるんだから」と言うようになった。
当時、お絵かきとテレビゲームに夢中だったわたしは特に善いことも悪いこともしなかったので、怒られることはなかったけど。
うっかり寝坊したり、飲み物を溢したりした時、気をつけてねとかに加えて「おねぇちゃんになるんだからね」とさりげなく言われていた。
お母さんのお腹が大きくなってきていることには気付いていた。
「おねぇちゃん」になるっていうのも頭では分かっていたつもりだった。
でも、お母さんのお腹に弟がいて、きょうだいができるっていうことは理解できていなかったようで。
5歳になってしばらくたったころ。
お母さんは苦しみだして、「お父さんに電話して」と部屋は暑くもないのに汗をかきながらわたしに言った。
お父さんがいろんな支度をして、車を出して、「名前はこれから本当におねぇちゃんだぞ」と言った。
意味が分からなかった。
わたしはお母さんの腰を擦っていた。
病院に着いてからも、お母さんは苦しそうに呻いていた。
なんとかしてよ、とお医者さんに言ったことを覚えている。
本当に何も分かってなかった。
それからずっと後、お母さんは別の部屋に移った。
看護師さんがもうちょっとですよ、とお母さんに言っていた。
お父さんが、頑張れと繰り返して握っていた手を離した。
わたしの頭を撫でて、お母さんが頑張れるようにいい子にしてようなと言った。
いい子にしてるって、なに。
それからまたしばらくして、ぎゃああと泣く声が聞こえてきた。
友達の泣き声よりももっと、こう、弱そうで。
お父さんは「やった」と安心した声で言って立ち上がった。
お医者さんも看護師さんも「おめでとうございます」と笑顔で言った。
名前、とお母さんに呼ばれて近寄った。
すごく疲れているようだったけど、すごくうれしそうだった。
「名前、弟よ。」
「え?」
「名前の弟。名前はおねぇちゃんになったのよ。」
「………ちっちゃいね」
「そうね」
「さっきないてたのはこのこなの?」
「そうよ」
「かなしいの?」
「うーん、ちょっと苦しかったのかなぁ」
「いまは、だいじょうぶ?」
「ええ」
「このこ、わたしのおとうと?」
「そうよ」
「かぞく?」
「そうよ」
「よわいの?」
「とってもね」
「そうなんだ……」
弟も、きょうだいも。
看護師さんじゃなくて助産師さんだってことも。
自分も同じように生まれたことも。
これからおねぇちゃんになるってことも。
お父さんが涙目になっている理由も。
あのときは何もかも理解できていなかった。
でも体、頭や手足、なにもかも小さく弱そうで。
この子は守らないといけない、それだけは理解できたのだ。