あひる
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静とは幼稚園からの仲で、家も結構な近所で、親同士の仲がいいっていう所謂、幼なじみって関係で。
中学校に入ったくらいから静はわたしと全然話さなくなってしまった。
元々静と話をする時はわたしが一方的に話すことが多かったけど、中学校からは本当に話さなくなった。
一度だけ声をかけて、理由を聞いたけど、バスケに集中したいだけ、なんて言われてしまったらごめんと謝る他無いと思う。
なんだか、振られてしまったなぁって軽く考えていたけど、これ以来静とは話してないんじゃないだろうか。
静がバスケに一生懸命なのは昔からだったからその場では迷惑かけてたんだなって思ったけど、多分違う。
声をかけなかったし、静が来るなって言ったから試合だって見に行ったことなかった。
わたしは静のバスケの邪魔はしたことなかった筈なのだ。
こうなったのは、わたしは嫌われていたからだと思う。
わたしは静のことすごくすきだったし、いまだってすきだし、何なら尊敬してるくらいだから。
静にきらわれてるんだって気付いた時かなりショックを受けたけど、これ以上きらわれたくないという一心で静との関わりを絶った。
だいたい4年…、長い月日が流れてしまった、これだけ関わらなければ、すきも嫌いも無いよ。
話そうが話すまいが静には関係なんてなかったんだ。
それにしても何年も話さないと今さら声の掛け方、話し方、話題、何もかもが分からなくなる。
家の近くの外をうろうろしてたら久々偶然おばさんに会って…、おばさんって静のお母さんのこと。
ちょっと話してたらおばさんが「ちょうどクッキー焼いたから持ってってー」なんて言うからうれしくなって、「いいんですか!」ってついて来てしまった。
上がって、って言うからありがたく家に入れて貰ったら、なんとソファに座って静がテレビ見てた。
お、…え、え。
「そうそう。静帰って来てるのよ〜」
「………。」
クッキーは私が持ってくから久々に話でもしたらどう?そう言われて思考停止したわたしを置いたまま、おばさんはクッキー持って家を出て行ってしまった。
久しぶり、とぎこちなく声を掛けるとうん、と短く返事が返って来た。
ぼけっと立ったままのわたしに座れば、とソファを叩いた。
学校はどう?と思春期の娘に声を掛ける父親のような質問をしたら「普通。」と言われてしまった。(あ、思春期……。)
その会話を最後に無言の時間が早20分経つ。
テレビの音だけが聞こえる。
普段なら笑ってるだろうシーンも、静が笑わないからわたしも笑えなかった。
あーあ、小学校のときまでは普通に話してたのになぁ。
一緒にバスケもしてたのに。
あの頃のわたしたち、というか静は、無かったことになっちゃったのかな。
そう思ったらすごく悲しくなって目の奥が熱くなった、なんか、涙でそう。
少し距離が空いて隣に座る静をこっそり見た。
いつの間にこんなに大きくなったんだろう。
手を伸ばせば届くかな、わたしに手を伸ばす気はあるのかないのか。
わたしが変わったのか静が変わったのか、もう分からないね。
昔だったらマシンガンの勢いで静を質問責めにしていただろう。
寮生活ってどう?寂しくない?部活は?バスケ楽しい?わたしの話はおもしろくない?静のこともっと聞かせてよ。
わたしが話始めると静は黙ったまま聞いている。
わたしがつまらない?って聞くといつもほんの少しだけ笑って、おもしろいよって言ってくれてたのだ。
それにわたしは安心してまた声をかけられた。
ああ、なんでできなくなっちゃったんだろう。
少なくともあの時のわたしは楽しかったのに。
うわ、余計なこと考えてたら本格的に泣けてきた。
静が優しいからわたしは甘えていたんだ。
わたしのことがずっと鬱陶しくて仕方なかったのに我慢してたのかもしれない、静に迷惑かけたくなかったのに。
「……は、何で泣いてるんだよ」
「や、なんでなんだろ、あは、か、かっこわる」
顔なんか見れないけど、静はきっとめんどうに思っているんだろう、なんとなく声で分かる。
静が楽しくないならわたしだって楽しくないよ、静がつまらないならわたしもつまらないよ。
静がわたしと話したくないならもう声は掛けないから、だからきらいになんてならないで、お願いだからさ。
わたしは静と話するのすごい楽しかったし、おもしろかったのに、静のことすきだったのに。
涙を流しながらきれいとは言えない顔で、静にいままでの気持ちを伝えた。
「……?」
「静はわたしといるのいやなんだって気付いたの最近なんだ、結局静のこと考えられてなかった、ごめんね、」
「…………」
「クッキーに騙されただけなんだよ、静に会いに来た訳じゃないんだ、会いたかったけど会いに行かなかった」
「…………」
「ねぇ、なんか言ってよ、何年もわたしのこと放置してさ、何なの」
「…………」
「ずっと一緒だって思ってたのに、いつからわたしのこときらいだったの?どうして分かりやすく言ってくれないの?静ってばかだよ」
「…………」
訳分かんなくて悔しくて涙が止まらなくて、何も考えられなかったけど頭がすっきりしてきた。
ああ、これってやらかしちゃったパターンのやつ。
「本当にごめん、ばかって言ったことは忘れて。あとティッシュ頂戴…。」
頭を深く下げて静に頼んだら「ほらよ、ばか」とティッシュをくれた。
ばかって言うな。
「すまねぇ」
「本当にな」
「情けなすぎて、」
わたしが鼻をぐすぐすならしていたら、静は口を開いた。
「……学校、普通に楽しいよ。」
「え……うん…」
静は何も言わないのに。
なんで、いや、わたしがうだうだ言ったからか。
「俺も名前と話すの楽しかったし、おもしろかった、俺も名前のことすきだよ」
「………」
「俺は名前といるのもすきだし、名前が楽しいなら俺はそれでいいよ。」
「………」
「騙されてくれてよかった、会いたいと思ってた。」
「………」
「放置されてたのは俺もだけど、ずっと一緒だって俺はいまでも思ってる。前から俺は名前のことすきだよ。」
「………」
「俺の話、おもしろくない?」
「………、」
「なんか言えよ。」
「えっと、おもしろい、よ」
「………」
「じゃなくて、あ、いや、楽しいけど、あの、」
「じゃあなんで泣くんだよ」
「だから、なんか、う、うれしくてっ、」
静はわたしのことちゃんと見てくれてたと思うと、静はわたしのこときらいじゃなかったって思えて、うれしくて。
静と話ができてるってたったそれだけのことが、本当に幸せで、昔に戻ったみたいだった。
「これからは昔みたいになれるかな、」
「………」
わたしがばかみたいに話すんだ、その間、静はバスケのこととか考えてていいから。
聞いてなくても聞いてるって答えてくれればそれでいい。
「だめかな、」
「………」
膝に顔をうずめた、分かってるんだよ、勝手だって、迷惑だって。
わがまま言ってでも静と一緒にいたいんだよ。
「じゃあ、戻ろう。昔みたいに」
わたしは泣いていて、視界はぼやけていたけれど、静の顔は昔と同じで優しくて安心できる表情をしていたのは分かった。
もうこれだけでもわたしは満足しているのかもしれない。
わたしはまだ涙がとまらないけどもう静のめんどくさそうな声は聞こえなかった。