あひる
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新丸子高校に通う常磐時貴さんは他校にファンクラブができる程の見た目とバスケットの能力がある。
もしかしたら校内にもファンクラブができているかもしれないが、そんなことはあってもトキワさんには言えない。うん。言えないだろうな。
新丸子高校と言えば。
男子校で、私服校で、不良がいっぱいでガラが悪い。
こういうイメージだ。
一言で言うとこわい。
こわいんだよ。
「だから校舎は入りたくない。ていうか門をくぐりたくない。」
「お願い。名前にしか頼めない」
「なんでだよ。あんたが直々に入れば済む話」
「こんなケダモノばっかりのところに女の子は入れないよ〜」
「ぶん殴るぞ」
「殴ってもいいから入って!」
「入らない。でも殴る」
「ひどい!」
「どっちが!」
新丸子ではない、他校生であるわたしの友人も(自称)常磐時貴ファンクラブの一人だ。
わたしにしか頼めないことというのは体育館まで行って、部活姿を携帯に納めると言うこと。
多分わたし以外でもできる。
ていうか男子に頼めばいいのに。
わたしはトキワさんのバスケのプレーはきらいじゃないけど、トキワさん本人はあまりすきじゃないんだ。
軽そうだしチャラい。
何よりしゃべり方がきらいだ。
なんかむかつく、の一言に尽きる。
「名前お願い。」
「…………」
「スタバ奢るから」
「…………」
「来月の月バスも」
「………言ったな?」
「うん」
「Sじゃないぞ?Mだからな?」
「うん、トールね。」
「あのフタついたやつだからな?」
「うん、どれのことだ」
「よし、いい仕事だなぁ…スタバと月バスか」
「やってくれる?」
「先払い。」
「……………」
「冗談。行って来てあげる」
確かにわたしは背も高いし髪も短い。
それっぽい格好とマスクと帽子で男に見えなくもないだろう。(ついでに変質者にも。)
さて、体育館はどっちだろうか。
さっきよりも軽い足取りで「約束ね」と言って、用意していたマスクと帽子を装着してから門を堂々とくぐった。
「…いや、そのですね、自分も騙されたと言いますか…」
「…………」
「あれなんです…魔がさしたんです…」
「…………」
「………だから…その、はい、許していただきたく存じます…」
「…………どうしようカナ。」
このやろう。
案外簡単に体育館を見つけてその周りをうろうろしていた。長身のイケメンを探しながら。
つーかイケメンなら誰でもいいんじゃねアイツ。トキワさんじゃなくてもいいんじゃね。ほら、あのスキンヘッドの人とかかっこいいじゃん。目付き悪いけど。ていうかスタバとか久しぶりだなーおしゃれな店とか緊張しちゃうぜ。
って感じで、もうわたしの頭はスタバと月バスのことしか無くて。
足元の小さな窓から見える体育館の中にしか注意してなかったんだ。
トキワさんいないなぁ、ってことには気付いてはいたけど特に気にしてなかった。わたし自身はファンじゃないし。
しかも緊張もしない方。
いっそした方がよかった。
そうすれば後ろから肩を叩かれる前に逃げられたんだ。逃げ足には自信がある。
「どうしようかなって、どういう意味ですかね……」
「そのままの意味ダヨ。君、スパイ?」
「は」
「特別な練習してる訳じゃないんだけどナ。」
「……………。」
これは、バスケ部のスパイだと思われてるのか……?
スパイがましなのか熱烈な(しかも男の)ファンがましなのか…。
いや、嘘吐かずに本当のこと言って写真1枚撮らせてもらって…帰ってスタバ奢ってもらえばいいんじゃないの。
それがいいな、うん。
「えっと…ですね。僕の、友人が、トキワさんの、ファンでして…」
「へー」
「写真を、トキワさんを、盗撮してこいと、言われまして…」
「犯罪ダヨ」
「ですよね…。だから、スパイではないんですよ……、あの。」
「?」
「………スタバ、一緒に行きませんか。」
「…………」
「…………いや、僕じゃなくて、女の子なんですけど…」
「え?」
こわい。見下ろされてる。
背高いって言っても170も無いし、うそ見栄張った。165も無いし。
ていうか周りと比べて高いってだけでそんなに高くないんだ。
見下ろされて気付かされた。こわい。トキワさんこわい。
もうスタバは棄てる。
わたしには月バスで十分だ。ていうかもう月バスもいらない。とにかく生きてここを出たい。
「なんでスタバ?」
「…トキワさんの盗撮ミッションクリアできたら貰える報酬なんですけど、やっぱ、盗撮はよくないんで、あの、僕の友人とスタバに行ってやってはくれませんか…」
「………君の報酬はどうなるの?」
「ここを生きて出ること……来月の月バスも奢って貰える予定でしたけど、……全部潰えましたね…」
「へー…」
「……スタバ、だめですか…」
「………………。」
マスクのおかげで息苦しい。でもいま外して顔覚えられても困る。
ああ、もう…泣きたい。
もう二度とイケメンと関わらない。
わたしの人生にチャラチャラしたイケメンは必要ないんだ。
ていうか息苦しい。
「ナンパ?」
「…ナンパです。友人はなかなかおもしろいので楽しめるかと…」
「君は?」
「わた、…僕は、あれなんで。おもしろくないんで。」
「………、女の子ダヨネ?」
「………そうか…、ばれてたのか…ただただ恥ずかしいですね…」
「…………。」
「………なんですか。」
「……………。」
「………わたし生きてここ出れますかね…」
「……………。」
「トキワさん…、無視しないでくださいよー…」
「……………………スタバ」
「え?」
「一緒に行きませんカ」
「…………」
「もちろん二人で。」
「……………え、遠慮したいんですけど…」
「ふーん。」
「……………。」
「確か、スタバ奢ってもらう予定で?」
「………は、い」
「月バスも買ってもらう予定で?」
「は、はい…」
「あと、」
「………なに…??」
「ここ、生きて出たいんだったよネ?」
「……………。」
息苦しさが振り切れそう、いや何言ってるんだろう。何語なんだろうこれは。
うれしそうににやにや笑っているトキワさんがわたしの目線までかがんだ。
あついし、さむい、あとあつい。何言ってるんだろう。落ち着こう。
トキワさんの手がのびてきてわたしの顔の横で止まる。
耳を捕まれたかと思ったら呼吸がしやすくなった。
あ、マスクが外されたのか。
耳を捕まれた訳じゃなくマスクを捕まれたんだ。
またトキワさんはわたしを見て、にやりと笑った。
なんだよ、にやにやして。ていうか近いよ。
「うん、かわいい」
「……………は」
「カオ、覚えさせてもらったヨ」
「は」
報酬はスタバデートってことでいかがですか。
トキワさんが爽やかな笑顔で言ったのでわたしはもうイケメンとは絶対関わらないことにする。いや、関わらないことに、した。
タダ働きでいいです、と叫んでひっそり起動させた携帯のカメラをトキワさんに向けてシャッターを切りながら門まで走った。
あとで友人と一緒に画像を見たけど、トキワさんは驚いた表情をしていて、でも思いの他きれいに撮れていたので消さないでおくことにする。
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