あひる

□03
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「逃げ足には自信ある………」

「はは、第一声がそれなんだ。」

「トキワさんこんにちは、吉田です!ちゃんと名前連れてきました!」

「ありがとう、えらいネ〜」

「えへ」

「……息絶えろ。」

「ひどい!」

「かわいくないから」

「っち、」

「舌打ちやめようネ」

「はい…っ」

「きっも…」

「全力で言うのやめて…」



吉田が浮かれてわたしの腕を掴んで移動していたから、まぁ、怪しいとは思っていたけど。

肩たたき事件(わたしの中では完全にあれは事件だ)からは、しばらく時間が経っていたし、正直この人のことは忘れていた。


そもそも、イケメンにはまったくと言っていい程、まともな思い出がない。

性格的なイケメンではなく顔、面の方のイケメンだ。


別にこの人を性格不細工と言っている訳ではない。
偏見はよくない。

だがわたしに刷り込まれたイケメン(面)に対する嫌悪感、加えて恐怖心は拭い切れない。
イケメンは苦手だ。



「ねぇ、名前」

「………馴れ馴れしい…」

「ひどいナー」

「なんでここに呼ばれたんですか、わたし」

「吉田さんの親友デショ?」

「ソレ関係あります?」

「あ、敬語、やめてネ」

「………。」

「いや、遊ぶにしてもオトコだけより女の子いた方がいいんじゃないかなぁって思ってサ。」

「(早速、意味不明だな。)」

「で。できれば俺に好意的で、且つ恋愛的な見方をしてない人がいいナって。」

「そこで吉田、と。」

「ウン」

「実に最低だなあ。」

「そんなトキワさんもステキです!」

「アリガトウ」

「…………。(気色悪い)」



勝手に遊んでろよ、と強く強く思った。
思ったけど。



「じゃあ、さよなら。」

「え、なんで帰るの?」

「は」

「名前も行くんだヨ?」

「え、なんで?……なんで?」

「オトコの中に女の子一人なんて、人数が合わないデショ。」

「そもそも男だけで遊んだらいい……」

「そんな暑苦しいのいやだ」

「トキワサンが爽やかなんで大丈夫だと思いまーす…」

「本当に思ってる?」

「(思ってる訳ないだろ)思ってる思ってる」

「………ま、大丈夫!遊んでれば楽しくなるヨ」

「大丈夫じゃないし、………はぁ…」

「なんでいきなり深呼吸?」



だって急に動いたら体に悪いじゃないか。
軽く深呼吸をして首を回した。

吉田が名前この動きどっかで見たな…と呟く。

どっかって言うか、吉田は何度か見てるはずだけどなぁ。



「…………ふー…」

「ん…?」

「…じゃあ、さようなら。」

「え?」

「逃げ足には自信あるんです。」

「え?」



吉田が「ああ、そうか」と合点がいったように手を打った。

トキワさんはわたしの走り出しよりワンテンポ遅れて出発した。


捕まる訳ない。

きょうの足元は革靴ではなく、スニーカーだからだ。

なんとなくで履いてきたがラッキーだった。

よっぽどのことが無ければ捕まらない自信がある。



「トキワさっ、名前には多分追い付けないですよ…っ!」

「え、俺、現役運動部だからネ?」

「いちお、名前も、運動部です!陸上競技は、学年で総合、4位、です!」

「げっ、かぶってたのか…!」

「ちなみに50メートルと100メートルは一位です……!」

「そりゃ自信あるよネ…!」



吉田の説明には少し誤りがある。

ちゃんとハードルも一位だ。


ただ、あまり体力はない。
息が切れてきた。

だから、振り切らないと捕まる。



「深呼吸と首回すのは名前のスタート前の癖です!」

「あ、吉田さん敬語じゃなくていいヨ?」

「えっ、」

「(ラブストーリーが突然………)」



どうしよう、周りの目がいたい。
走ってるやつと走りながらラブロマ……いや、これラブコメか。
ラブコメ始めるやつ。

青春だなぁみたいな目を向けられても……。

いや、青春なんてそんないいものじゃないけど。


見付けた小路に入って適当に動き回ってから、表に出た。


近くに喫茶店を見付けて後ろに二人が見ていないことを確認してから中に入った。

涼しい。
疲れた。
あつい。

出入口から離れた席に座った。
でも人が来たらすぐ分かる席だ。

運ばれてきた水を一口飲んで、アイスコーヒーを注文した。

とりあえず、しばらくは安心してのんびりコーヒーを啜っていられるだろう。



「…………。」

「…………。」

「おい、なんでここにいる…。」

「お久しぶり…。」



店内を見回したつもりだったが、どうやら会いたくない人が混ざっていたようだ。
うっかり。



「なんで川崎にいるの」

「れ、練習試合、みたいな…。」

「へぇ、喫茶店にいるのはどうして?」

「…………。」

「………誰かのアドレスあったかな…。」

「やーめーれー!」

「あのね、サボりはよくない」



大きな体にオレンジ色の頭、わたしの携帯を奪おうと慌てて立ち上がり、わたしの座っている席にやってきた。

横浜大栄の不破。

奇抜で、個性的で、とにかく変わり者なこの人、歳はわたしのいっこ下だ。
見えないけど、いっこ下だ。



「ちょ、騒ぐな。ただでさえ目立つ見た目で」

「じゃあ連絡しないでおくれ!」

「それとこれは、……別、みたいな。」

「やーめーれー!たのむー!」

「みんな心配するよ。」

「いや、しない!」

「するよ(多分。)」

「そ、そうかなあ…」

「そうだよ(多分。)」



机にだらりと突っ伏した不破は、名前さんはなんでこんなとこいんの、と低い声で言った。

なんで、って。

なんで、って………



「そうだっ、逃げてるんだ。」

「は?鬼ごっこけ?」

「ちがうわ。不破、これ飲んだ後だったら大栄まで送ってあげる」

「まじ?」

「うん。」

「早く飲んで!」

「まぁ、焦りなさんな。」

「先輩にころされる!」

「今すぐ行っても4分の3はころされるだろうから、もう変わらないよ」

「えええええ…」



ひんやりとしたアイスコーヒーを飲んで会計を済ませて店を出た。
どうか居ませんように。

という願いは届かなかった。出た途端、トキワさんと出くわした。



「あっ…!」

「あら。」

「最悪……………。」

「丸校の……トキワ?さん?じゃないか。え、名前さんなした?」

「ちょっとね……」

「鬼ごっこけ?」

「チガウ」

「ふーん。」



………なんで吉田はいないんだろう、まぁ今はきかなくてもいいか。

ほら、わたしいまから横浜へ行かないとだし。

だから、ほら。ね。

吉田のことは放っとこう。



「じゃあ、トキワさん。わたしこれから用事がある。」

「それは不破と?」

「うん。」

「……………つまり、不破は名前の中でイケメンじゃないんだネ?」

「…………あー、不破は、……年下だし。イケメンとはちがうと思う。」

「名前さんひどい!」

「不破、許してくれ。君のためだ。」



謝るために不破を見ると、後ろに誰か立ってる。
あ、この人は……



「フ、ワ」

「……は…………っ」

「なーにしてんだよ?」

「えっと…………ほぐぁ!」

「行くぞバカ」

「は、はい……」



八熊さんだ、さらっと不破のお腹に拳を落として連れて行ってしまった。

やっぱり探しされてたじゃないか、不破も愛されてるなぁ。

ああ、横浜まで行けると思ったのに……残念。
いや、まぁめんどくささ半分だったんだけど。



「用事なくなっちゃったネ」

「………ついでに吉田もいないし。」

「ああ、吉田さんね………」

「?」

「名前は吉田さんいないと来たくない?」

「吉田がいても行きたくない。」

「え、そっか」

「………………」

「ねぇ、名前。」

「なに」

「オレ、イケメンじゃないと思うんだよネ」

「……………いや、イケメンでしょ。」

「ほら、自分で言うのもあれだけど、性格わるいし、顔だって人に誇れる程じゃないし。」

「人柄に関しては同意だけど顔は誇れるよ、かっこいいよ。」

「うーん……………」

「…………分かった。」

「え?」

「顔が苦手。」

「えええ………」

「最初は顔だけだったけど、もちろん今は顔だけじゃない。」

「それはそれで、ちょっとツラいんだけどナ………」








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