あひる
□04
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おばさんはすごく料理上手だ。
昔おしゃれな料理を食べさせてもらったことがある、細かい作業が得意なのかもしれない。
そんな人の子供として生まれた静に、ガキの使いかと思うようなお菓子を「作ったよ!」とか言ったって「何だこれ、ねんど?」とか言われるのがオチかもしれない。
別の展開が仮にあったとして、静がわたしをばかにしながらも笑ってくれるなら。
家に帰った後で、えぐえぐ汚く泣きながら、自分の作ったねんど作品を食べるというのも、無しではないんじゃないのかな。
(小麦粉ねんどなるものがあるらしいから、もう大差ないよね。)
「クッキーは簡単にできるって友達が言ってたんです……」
「落ち込まないで、最初は何でも難しいものよ」
「……クッキーより簡単なものって、ありませんか?」
「うーん……、パウンドケーキ、とか?」
「なんか、簡単じゃなさそうですけど……」
「混ぜて焼くだけだし、『ケーキ』って付くからスゴイ感じになるし、いいかもしれないわ」
「、作ってみます!」
「ええ、きっとうまくいくわ!」
おばさんすごい!
そうか、ケーキって混ぜて焼くだけだったのか!
これは作ってみる価値大だね。
わたしが浮かれながら、ケーキかぁそっかぁと呟くと、おばさんが気が付いたように言った。
「ところで、誰かに渡すの?」
「えっ、」
にこにこしながらこっちを見てくる。
これは、気付いていて聞いている、のかな。
えっと、と言葉を濁しながら淹れてもらった紅茶を飲んだ。
幼なじみがいきなり「おかあさん、息子さんをわたしに下さい!」なんて言うのもおかしな話だ。
というか、さすがにぶっ飛び過ぎ。
だが、静に渡す訳でないなら、わざわざおばさんにこんなこと聞くのもおかしいような気もする。
「……まずは日頃お世話になってるおばさんに食べてもらいたいなぁ」
「まぁ、」
「あ、ちゃんと食べられる状態で持って行きますから!」
「うれしいわねぇ」
「待っててくださいね。」
「名前ちゃんのお菓子楽しみね〜」
「あはは、」
正直、自信がまったくない。
誤魔化したい気持ちも半分、おばさんに食べてみてほしいとも思ってるけど、いつもおいしいものを食べてる人に、わたしなんかが作ったものを食べさせるのも……、いや、いつか静に食べてもらうためにもおばさんから「おいしい」と言ってもらわないと。
「……で、わたしの後は?」
「(ひーっ、)今日はこの辺で、お邪魔しました!」
静より静のお母さんの方が難関だ。(あの若さの源はなんなんだろう)
とりあえず、パウンドケーキの作り方を確認するついでに、紅茶の淹れ方も調べよう。
前に静が紅茶をさらっと淹れるところを見て、あれはモテると思った。
わたしもお茶くらい出せるようにならないと。
静にこれ以上あほだと思われたらいやだもんね。
もう手遅れかもしれないけど。
土曜日、朝からパソコンを開いて調べた。(とりあえずインターネットに頼る。)
クッキーの時同様、作り方自体は特にむずかしいとは思わなかった。
だが、ここで侮ると、ねんど細工になるのだ。
ある意味で才能だよ、芸術的。
材料を買ってきてキッチンで広げているとお母さんが驚いたように声を掛けてきた。
「え、名前、何してるの?」
「パウンドケーキ作る。」
「えっ、名前が?」
「………なに、」
「いや、別に?後片付けちゃんとしなさいよ」
おばさんと大違いだ。
そもそも、お母さんがお菓子作りをする人だったら、こういうことに慣れてたかも知れないのに。
手順通りに進めて、確かに混ぜて焼くだけだと思った。
だがやはり、ここで侮ると以下略なので焼き上がりまで心配しなくてはならない。
「えー、いい匂いしてるじゃない?名前って意外とやる〜」
「ばかにしてるでしょ…」
「ううん、してない。クッキーのことは忘れたからね。」
「ぐ……………お母さんにはあげない。」
「ええっ」
「上手にできたらおばさんに食べてもらう。」
「お母さんより白石さんが先なの!?」
「おばさんの方が協力的」
ひどーい、と言ってテレビを見始めた。
ちょっとは子供の成長見守るとかしてよ。
しばらく経つとオーブンから音が鳴った。
焼き上がった、きっと。
オーブンを開くと、むわり、熱くて甘い匂いのする空気が広がった。
取り出してみる、見た目は大丈夫だ、きっと。
お母さんも横から「おぉ、ねんどっぽくない」と言ったし。
中まで焼けてるかを竹串を刺して確認する、が、よく分からない。
焼けてることにして、次は冷ます。
この行程でねんどに変わることはないだろう、きっと。
次に切る、カット。
これも大丈夫。
断面を見る、大丈夫、焼けてる。
切れ隅をかじる、甘い。
甘い、甘い、これは……、パウンドケーキだ!(きっと!)
あまりのうれしさにケーキを包んで走り出した。
向かう先は当然、白石家。
「おばさん!おばさん!早く早く!」
「あら、名前ちゃん。こんにちは」
「これを!」
「あら!できたのね!」
「はい!食べてください!」
「ええ、ありがたく頂戴するわ」
「では!」
自分にもこういうことができるんだと思うとうれしさで止まれなかった。
走り回ってから家に帰った。
本当にあほだと思う。
「ただいま」
「おかえり、遅かったね」
「はしゃいでた」
「あほっぽい」
「…………」
いや、分かってたけど、言わなくてもいいのに……。
パウンドケーキはそのままの状態で置いてあったので安心した。
記念に写真を撮った。
「めでたい子だなぁ」
「めでたいの!」
その夜、10時頃。
電話が来た。
それが静からだったから、慌てて通話を押した。
「、何かあったの!?」
『………………あった。』
「えっ、どうしたの、大丈夫?わたし何もできないかもしれないけど、なんでも言って…!」
『……落ち着け。』
「あ、そうだね、まずは状況確認から…」
『なんでいつも慌ててんだよ』
「ごめん、静に何かあると思うと居ても立っても。」
『、…………親からメールが来た。』
「親?おばさん?」
『ああ。画像付きで』
「うんうん」
『…………。』
「え、それで?」
『思い当たることねぇのか』
「………うーん、」
『焼き菓子。』
「………………………。」
『思い出したか。』
「……今日、おばさんにあげた。」
『お前が、うちの親に渡した、焼き菓子の画像が、送られて来た。』
「なんで!?」
『なんでなんて知らねぇし、そこは問題じゃない。』
「あれ、わたしが作ったやつ……」
『それは分かってる。』
「じゃあ、…なに?」
『なんで、親に渡したんだ。』
「食べて欲しかったから」
『………お前、この前のこと覚えてるか』
「この前?」
電話に出てからずっと、わたしだけが慌ててる。
静の口調は落ち着いてるし、わたしに分からせようとして話しているのが理解できた。
でも、何を分からせようとしてるのかが分からない。
『………お前、俺にマフィン作るって言ったの忘れてるだろ』
「えっ、忘れてないよ!」
『本当は?』
「本当だよ!だから練習してる!」
『……………』
「わたしの作るやつ、ねんどみたいになっちゃうんだ…!」
『は?』
「上手にできるようになるまで待って!お願い!」
『…………ああ。』
「ありがとう!優しい!」
『…普通だろ』
静が覚えててくれたっていうことに感動してる。
忘れてると思ってた。
わたしの努力は無駄じゃなかったんだ。
「あ、それで何があったの?」
『…………(そうだ、あほだった。)いや、』
「何かあるなら助けに行くよ。」
『そりゃあ、ありがとう』
「どういたしまして。」
『………………』
「……………」
『あー……、最近、どうだ』
「………え」
『近況報告みたいな、』
「………………え、は、えっ、うそ、」
『なにが』
「静が、ほ、報告って!」
わたしがまたぎゃあぎゃあ騒ぐと、大袈裟だと静が呆れた声で言った。
けど大袈裟なんかじゃない、だって、報告、わたしに……。
わたしに……!
「………静が、わたしに、電話してくれた……」
『それは分かってる、俺が知らないことを教えろよ。』
「……えっと最近、新しいシャーペン買ったよ」
『へー』
「芯回るやつ。」
『あー、あれな。』
静の知らないことを話すとなると、どうでもいいようなことしかなかった。
シャーペン買った、自転車の空気入れた、今日ごはんカレーだった、ドラマ先週見忘れたから流れが分からない、体操着学校に忘れてきた、
心底どうでもいいことしかなかった。
でも静は相槌を打って聞いてくれてた。
「静は?」
『名前に電話した。』
「うん、本当にうれしい。」
『なら、よかったよ。』
「うん。ねぇねぇ、他には?」
『……ほとんど部活。』
「だよね。」
『……あと、報告。』
「なに?」
『……来週、名前の学校で練習試合。』
「…………」
『三校合同。』
「………………………観に行っていい?」
『ああ。』
「、応援する!」
前日の夜に連絡、だったのに、1週間にしてくれた。
それも電話までしてくれた。
本当に、わたしの努力は無駄じゃなかったんだ。
何を努力したのかと言われると、挙げられるものなんかないけど。
電話を切ったあとも余韻があって、いい夢を見ている気分だった。
握り締めた携帯の、着信履歴の一番上は静だったから、これは夢じゃない。
昼間よりもっとずっと強く、走り回りたい気分だった。