魔法

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「分かんない……」



羊皮紙に突っ伏してがしがし頭を掻いた。
口からくそ、などと汚い言葉が洩れるのも許していただきたい。

ついに、自分が物を動かせると気付いたのは最近で。(杖を向けてめちゃくちゃ集中しながら『動け』と念じる。)
まぁ、そこに仕掛けがあろうが無かろうが、わたしはこの魔法界で勉強をしなければいけない。

やっぱり1、2年の積み重ねって大切なんだよ。
いままでに聞いたことないものが出てくるし、葉っぱをむしったり鍋を混ぜたりするのはいいとしても、虫を刻んだり潰したりするのはキツイ。
物事には慣れが必要だと思う。

教科書を読んでも分からない。
何を言ってるのか分からないあたり、初歩的なところが問題なんだよな、事細かに説明して欲しいけど、ほら、リリーさんにそんなことさせられない。

わたしは突然の転校って設定がある、家庭の事情による日本の魔法学校からの転校生。
1年生と2年生に聞こうにも、こんなことも知らないの?って怪しまれるかも知れない。
というか声掛けるのこわい。

わたしがここに来たのは9月だから、予習をしているように見えなくも無いだろうけど、一応考えて人の少ない時間に図書館を借りていた。

あーくそ、抑える気のない声を出して、散らばらせていた教科書をまとめた。
司書さんに見られたのですみません、と頭を下げた。

あの人、談話室に居てくれたらいいんだけど。



「…………あれ、ルーピンくんは一緒じゃないの?」

「居ないな。」

「どこ行ったんだろうね」

「心当たりとか、」

「さぁ…図書館?」

「いま行ってきたのに……」



わたしの事情を知っているのはルーピンくんと一部の先生。(だと思う。)

だから、申し訳ない、頼むならルーピンくんしかいない。
と言うのに。



「なんで……」

「何か用かい?」

「まぁ、ちょっと……」

「名前、顔にインクついてる。」

「えっ、うそ……」

「本当」



このまま廊下歩いて来ちゃったよ、通りすぎていく人がにやにやしてたのはこのせいか。

シリウスさんが長い(もうどこもかしこも長い。)指で、顔の横を擦った。
多分、紙に顔をつけたときだな。



「………、取れた。」

「ありがとう。ちょっと探してくる」

「僕らも行こうか?」

「ふたりで話したいから遠慮しとくよ。」

「名前ってば、いまシリウスといい感じだったのに……、本命はムーニーかい。」

「もし戻ってきたら探してるって言ってくれないかな?」

「無視はしないでくれるかな?」



わたしの本命はリリーさんだってよく知っている筈でしょ。
ジェームズさんの脇に教科書の入った鞄を降ろしながら言うと、だよね!と鞄をあさり始めた。
残念ながら勉強道具しか入ってない、何もおもしろくないよ。

とりあえず、もう一度図書館に戻ろう。

きょろきょろしながら廊下を早足で歩いていたら、人とぶつかった。
完全に不注意だった、わたしも少しよろめいたけど、その人は持っていた本と羊皮紙を落としてしまった。
インク瓶も落ちたけど、割れなかったのは不幸中の幸いだっただろう。

すみませんすみません、と慌てて拾って謝り、渡そうしたけど受け取らない、緑のネクタイをしっかり締めたおにいさんは、じっとわたしの顔を見て指差した。



「あの、顔にインクがついてます。」

「え!?」

「ここ、顔の脇です。」



自分の顔をちょいちょいと示して、さっきシリウスさんが取れたって言ったところだと気付いた。

適当に擦っただけか。
シリウスさんのやろう、顔を擦りながら、自分のせいで付いたのを棚に上げてぼそりと小さく呟いた。



「グリフィンドールの方ですね。」

「あ、申し遅れました苗字です。すみません。」

「…………あー、例の。」

「え、例のどんな、(いきなり悪い噂とか勘弁…)」

「日本の、転校生」

「なんだ…、そうです。まだ学校慣れてなくて、すみません。」



持ったままになっていた本はどうやら教科書で、羊皮紙は美しい字で埋められていた。

この内容って、わたしが知りたい単語の内容、以外のことも書いてあるけど。(あ、これって生き物の名前だったんだ。)
もしかしたらこの教科書も、わたしの求めているものなんじゃないか?



「あの、これ……」

「ああ、予習です。」

「え、復習じゃないんですか?」

「……そりゃあ、まだ授業してませんから」

「……………。」



3年はこれらを前提にしているし、意味からちゃんと調べてるってことは年下なのか、よっぽど几帳面なのか。

なんでもいいけどこれのコピーが欲しい。
コピー機とかないのかな、それか写す魔法。
あっても使えないか、自分で写そう、借りれたら。



「スリザリンのおにいさん、これ、今度でいいので貸していただけませんか?」

「……おにいさんはやめてください、僕は年下ですよ。」

「ではスリザリンさん、お願いします。理由は聞かずに貸していただきたいのです。」

「……分かりました。」



取れてませんよ、と軽く屈んで頬を擦ってくれた指は、シリウスさんと同じで、すらりと長く形のいいものだったけど、丁寧な仕草は似ても似つかない。

ではまた、と優雅に去っていく後ろ姿に見惚れた。
スリザリンの人ってイメージと違っていい人じゃないか。



「…………思い込みはよくないな。」

「なに独り言言ってるの?」

「うわっ、あ。」



ルーピンくんがわたしの肩をぽんと叩いて後ろに現れた。
もっと早く会いたかった。

事情を簡単に説明して、教科書の単語の意味を教えてもらうことになった。
他の人に見付からないように場所は直前に決めるという約束をした。
教科書置いてくるんじゃなかった。



「いまならできたのに。」

「談話室にあるんだよ……」

「なんで?」

「ルーピンくんがいると思って談話室に行ったの、でもいなかったの」

「それはごめんね。」

「……どこにいたの?」

「……秘密」



手首からちょっとだけ見える包帯はきのうまでなかった、顔にある引っ掻き傷も心なしか増えているような。

きっと医務室だと思った、けど、わざわざ秘密にするってことは言いたくないってことなんだな。

僕に興味出てきた?とふざけたように笑う。
まだあんまり、と答えたらルーピンくんの方こそ、わたしに興味なんか無いように、だろうね。といつかと同じようにキャンディをくれた。

ローブが揺れてふわりと香ったのは甘い匂いじゃない、アルコール、消毒液の匂いだった。



「いや、やっぱり、興味出てきたかも。」

「……僕、君がこわいよ。」

「お互い様だね」








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