あひる

□05
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家から静の高校まで、距離はそんなに遠くない。
行こうと思えば行けるし、呼ぼうと思えば呼べる。
そうしないのは決してわたしが我慢をしている訳ではなく、行きたくなくて呼びたくないから。
ただそれだけのこと。

もうずっと昔から大切で、憧れで、すきで。
きっと、いなくなったらわたしの人生は変わってしまうくらい。

一緒にいられたら、って考えることもあるけど、優先すべきはわたしの意見じゃないって分かっている。
彼の一番を、わたしは優先しなきゃいけないんだ。



「静、おつかれ!」

「……試合これからなんだけど。」

「や、試合の後だと忙しそうだから、いま言っておけばいいかなって。」

「(声掛けずに帰る気か。)」



静は呆れた顔して、はー、と小さく息を吐いたけど、実際に試合後は毎回忙しそうだし。
相手校と挨拶とか、移動準備とか、あと人によってはファンサービス的なものとか。
一応考えての行動だったんだけどなぁ。

ちゃんと応援するからね、と言って、一緒に来ていた友人とギャラリーに上がる。



「毎度思うけど、すっごいかっこいいね」

「うん、わたし静よりかっこいい人いないと思う。」

「ノロケ」

「違うよ、実際そうなんだよ。」

「うーん、それノロケ」



背が高くて運動ができて、頭だっていいし、ブレない感じとか、かっこいいよ。



「シュートの時の指に注目してほしい、綺麗すぎて鳥肌立つ!」

「ふーん。まぁ、同じ手で名前に触るんだよねぇ」

「……。」

「名前?」



手を開いたり握ったりしながら、さらりと言われた言葉に固まった。
アップをしている静を見ると、ボールを器用に操って、指先のスナップでぴっとシュートを放った。

あの手で、触られたこと、あったかな。
首を傾げながら言うと、友人はえぇ!?と大きな声を出した。
ストップ、周りに迷惑だよ。

大栄の1年生が何人かこちらを見た。
あ、上木さんだ、全然こっちを見ないのはさすがはクールというか。



「ごめん。仲悪いの?」

「わる、いや、よくはない、かな。……中学から最近までしゃべってなかったってだけ。」

「ちょ、泣かないで、あたしが苛めてるみたいになる。」

「な、ぬ、な、泣かないよ」

「ぬ、って。」



いいんだ、静はお前のすきでいい、って言ってくれたし。
それは空白の時間が埋まったと思えるくらい、うれしくてありがたい言葉だったし。
基本的に他人のことは頭にない静が、最大限、気を使ってくれたんだ。
他でもない、わたしに対して。
実際にあの時間が埋まることはないのだけど。
いいんだ、わたしは静が誰より注目される瞬間を知ってるから。
どきどきするような試合を観ることができるようになったから。
いいんだ、いいんだよ。

タイマーが0になって、笛が鳴る。
コートに選手が並ぶ、2年生だけど静は今回スタメンだ。
ほら、静の試合が見れる。
あの綺麗なフォームも、いつから癖になっているのか知らないけどミスした人にする舌打ちも、全部含めて。



「いいんだ。」

「………」

「よっし、応援するって言ってきたから応援。」

「言わなかったらしないのか」

「いやって言われたらしない。」

「うわ、健気……」

「それは褒め言葉なの?」

「どうかな」

「応援してね。」

「あたしは4番がすきなの」

「同じチームじゃんっ」



わざわざ合同練習を組むだけあって、相手もやっぱり上手。

そう言えば、もうインターハイ予選が始まるんだっけ。
大栄はシードがあるから、あんまり関係ないけど。
そんな時期に練習試合、いやだからこそか。
去年は中継を見たんだったな。
テレビのカメラワークが苦手で、実況がうるさく感じてしまう。
今年は見に行ってもいいかな、でも大会前に連絡するのもなんかなぁ。
こっそり行くとか、あ、静が嫌がるかも知れないね、やめよ。

ボールが静に渡る。
ドライブは反応できないくらい速い、ギリギリで追いかけてもファウルを取られる、これはわたしの経験なんだけど。
あれだけ上手なのに、いつもバスケを選んで来たのに。
いや、ここにいる人みんながそうなんだとは分かる。
それでも、そうだとしても、わたしは。



「はー………静と一対一したら気絶する自信がある、」

「どうでもよすぎて気絶しそう」

「絶対いい匂いするよ、」

「夢見るのも大概にね。どれだけかっこよくてもいい匂いはしないと思う」

「す、するよ多分、ほら、柔軟剤の匂いとか」

「10番に何を求めてるんだか」

「求めるまでもなく完全な理想型すぎる」

「いま絶対汗くさいよ」

「く、くさくない、多分、」



何ならくさくてもいいよ、スポーツマンの流す汗ってステキじゃないか。
というか、汗かかなかったらタオル渡しながら「おつかれ、かっこよかったぞっ」とかできないんだぞっ、いいのかそれで。
汗と涙は青春に必要不可欠だ。

じっと見ていると静のスペースが空いて、あっ、と思ったらパスが通り手に吸い込まれる。
ディフェンスにフェイクを入れると同時に一歩下がるとラインを超え、そこからシュートを打った。
審判は指を3本立てる。
放物線を描いてボールはリングに進む。



「…うわ、入った、ねぇ今の!見てた?」

「うん、見てた、確かに綺麗。」

「綺麗すぎるね…!」



わたしたち以外の応援の人から、高い声できゃあ、と聞こえた。
あれは大栄を応援してるのかな、それとも静のファンかな。

自分がきゃーきゃー言うのは気にならないけど他人のは気になる、と漏らすと、性格悪いと言われた。
まったくその通りで何も言い返せない。



「静の応援、いつからしてるんだろ」

「さぁ…、ずっとじゃない?」

「うわあああ、憎さが倍増した……」

「めんどくさ」



名前には幼なじみって最強ポジションがあるでしょ、ってわたしの頭を掴んでコートに向けさせられる。
静が得点する度に聴こえる高くてかわいい声に、下唇を噛んだ。

いいポジションだなんて笑わせてくれるよ、わたしが幼なじみじゃなかったらもっともっと早くから試合を見ることができた。
確かに静のファンなら、羨むところなんだろうな、いまとなってはうれしくない、とは言い切らないけど。
わたしはそうじゃなかったとしても静のことすきになったよ、絶対。
じゃあ、幼なじみやめるかって言われたら絶対やめない。

後輩の声の応援に集中しながら観た試合は、2試合とも勝利を納めて終わった。
負けないとは分かってたけど、やっぱりうれしくて、ぞろぞろ出て行く人達の波に、にやにやしながら乗った。








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