あひる

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インターハイの予選が始まって、それは3年生たちの最後の挑戦になる。
大栄はシードがあるから、まだ少しだけ練習に集中できるけど、そろそろ空気がぴりぴりして来てるんじゃないかな。
それとも常にぴりぴりしてるのだろうか。
サバイバルだって言ってたし、先輩は厳しいらしいし、きっと試合前とか関係無く、緊張感のある部活な気がする。



「…………」



画面を見ながら口を一文字に閉めた。
にやけてしまう、写し出されるメッセージはごちそうさま、と一言だけなのに。
本当に食べたかどうかも分からないし、ましてや、おいしかったと言われた訳でもないのに。

あの日から少し経つが、最後の連絡がこれだ。
わたしの家から遠くない範囲で試合をするときだけ連絡をくれる。
ほとんど毎週、試合の予定は入ってるんだろうけどなぁ、誰に頼めば教えてもらえるんだろう。
ヤックさんとかこっそり教えてくれないかな。
いやだめか、静から来てもいいって言われないと。

毎回教えて、とか言いたくないよね、静もめんどくさいだろうしさ。
ていうか気を使ってそうしてるのかも知れないし、確定じゃないけど親切を無下にできない。



「自分の学校より強豪の応援か……」

「あ、負ければいいとか思ってるんじゃないんだよ」

「それは分かるけど……、まぁウチは弱いしな。」

「だからわたしこの学校来たんだよね。」

「えー」

「大栄に10番以外の知り合いいる人居ない?」

「多分居ないよ、ウチ弱いからさ。」

「ごめんって。」

「つーか、そんなにすきなら、苗字バスケ部入ればよかったのに」

「ああ、うーん、えっと、すきだからこそって言うか……。」

「……煮え切らねぇな」

「いろいろあるんだよね、それより会場って平塚なんだっけ?」

「ああ、確か」



これは観に行こう、言われなくても観に行こう。
広いから気付かれないと思うし。
あ、この考え方がだめなのか、忠実さが足りない。

わたしの学校のバスケ部は男女共に初戦だったか二回戦に敗退した。
インターハイへの夢は高すぎたのか、目指してすらいなかったのか。
見上げた窓ガラスを挟んで小さな鳥が飛んでいるのが見えた。



「聞いちゃだめかも知れないけど、聞く」

「思うなら聞くなよ」

「インターハイには行きたかった?」

「…………、そりゃあ、まぁ、……うーん」

「………。」

「………うん。」

「…そっか、ごめん。」

「……いいよ、つーか、俺らは2年だし」



正直行けるとは思ってないし、先輩だって泣いてはいたけど、お前の言った通り弱いし、インターハイ行く気なら、



「それこそ大栄とか、行ってるハズだしさ」

「…………。」

「すごいよ、本当に」

「……うん。」



眉を寄せて頭を掻いた、バスケ部に入っている彼は、少ない3年生と一緒に試合に出ていた。
ユニフォーム姿を見たのは初めてだったけど、彼にはまだ似合わないようで。

うちの学校は弱い。
彼がバスケを始めたのは高校に入ってから、それまでは運動部ですら無かったらしい。
素人同然、と言っても一年間練習をしているけど、彼を出さないと試合もできないくらい、予選の段階でウチはどうしようもなく弱い状況に陥っていた。
その前、大栄から練習試合のオファーが来たのも奇跡。
予選のときよりもいいメンバーだったにしても、当然ぼろ負けした、でも悔しいなんて思えなくて、素直にすごい、この一言に尽きたんだそうだ。



「なんかもう、何もかも違ったんだよな、あっちとこっちで。」

「…………」

「苗字も見てて分かったろ?」

「……まぁ、うん。」

「人間じゃないみたいだった。」

「うん」



どう生まれたらあんな風になれるんだろう、きっともうこれからやったって遅いんだよね。
なりたい、なれたら、じゃ違うんだ、なるって迷うことなく思ってないといけなかった。

来年は最後だけど、この学校のバスケ部は、世界がひっくり返るくらいのことが起きない限りインターハイにはいけないんだろうな。
わたしは悲しいことだなんて思わないけど。



「インターハイ予選、大栄ももうすぐあるでしょ?」

『ああ』

「観に行ってもいい?」

『知らね』

「大栄のなんだけど!」



うるせぇな、ちっちゃい声で聞こえたが、大きい声出させてるのは静がちゃんと答えないからなんだよ。
たまに連絡するとちゃんと反応をくれるからうれしい。
待っていられないとき、間に合わないときはわたしから確認をする。
あとになって観に行きたかった、とうだうだ言うと怒られるから。



「うちのバスケ部はね、だめだったの。」

『へぇ』

「だからって訳じゃないけど、大栄はどうなるかなって思って」

『そんなの分かんねぇよ』

「……うん、だよね。」

『………。』



なんか、頑張れって言いにくいな。
頑張ってほしいけど、わたしが言うことなのかな、練習試合だったら結構軽く勝って、とか言えるのに。
やっぱり大きい大会だからかな。
わたしはもう公式戦の雰囲気を味わうことができないけど、最近になって思うんだ。



「……続けてればよかったかなって思う時があるの」

『なにを』

「あ、……バスケ、を。」

『…………ふーん』

「ふーんって、」

『後悔してんの』

「えっと…………。」



「いまさら悩むな」ってごもっともなことを言われてしまった。
分かってるよ、静はいつだって強くなること、うまくなることを選んできたって。
静には大きい夢があるって、迷わずそこだけ目指して来たって。
だからわたしも真剣に悩んで、悩んで悩んで、結果を出した。



「静、わたしは、続けたくなくてやめた訳じゃないの」

「…………」

「わたしにも、それなりにだけど静から見たらすごい低いけど、目標とか、あったんだよ」

「………」

「だから、」

「……名前?」



名前を呼ぶ静の表情は、きっと困った顔をしているだろう。
「そんな風に、思わないで」とわたしが責めるように言ってしまって、少しの沈黙。
また何か言ってしまうのが怖くなってぶちっと、携帯の向こうで静の声が聴こえたのに、ごめんと早口で伝えて通話を勝手に切った。



「………あ、ああ、やってしまった…」



変なことを言ってしまったと後悔した、やっぱりわたしには忠実さが足りてない。








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