あひる

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一週間を過ぎても、静の喉の調子はよくならなくて、放課後。
練習前に、教室で友達と話しているときにそれが「声変わり」であると判明した。



「おれも声出なかったもん」

「え、気付かなかった、いつの話……」

「ちょっと前くらい。名前、白石にしか興味ないくせににぶいな。」

「あたしらでも分かったのに」

「ほぼ毎日一緒にいんのにな。」

「学校同じなんだから、みんなも毎日会ってるじゃん。」

「なおさらじゃね?つーか、白石は名前に何も言ってねぇの?」

「うん、聞いてないなぁ」

「ふーん」

「で、それはどうやったら直るの?」

「直すとかじゃねーよ、落ち着くまでそのままだろ」

「……それはいつになるの?もうずっと静は話せないんだよ。」

「白石くんって元々あんまりしゃべらなくない?」

「…うん、まぁ、そうだけど。」



静が居心地悪そうに、ごほごほ喉を鳴らす姿を見るのがいやだった。
ひとりの男子が、白石が名前に話さなかったの俺は分かるかも、と言った。
その子も声変わりの時期は終わっているらしく、少し出っ張った喉を見せてくれた。



「白石の喉も多分こうなるんじゃない」

「えっ」



別の子が、すっげー声低くなって帰ってくるんじゃね、とおもしろそうに笑いながら言った。
なにがおもしろいの。

言いたくないのはなんで、ってちょっと怒って聞いたら背中から聞き慣れつつある咳の音がした。



「練習、行かないのか」



かさついてて、前よりも微か、でも確かに低くなった声がした。
聞いた途端、意味も分からず頭に血が昇って、机に乗せていたエナメルバッグを掴んで、静を置いたまま体育館に走った。

けど途中で立ち止まって、抱えていたバッグを投げた。
どうしたいんだわたしは、とばちんっと頬を叩いた。
投げたバッグを拾って、来た道を引き返す。

教室に着くと静はいた。
立ったままさっきのメンバーと話をしているみたい、でも静は返事をしないで頷くだけだ。
誰かがわたしに気が付いて、静に声を掛けると振り向く。
驚いたような顔をした静に、ごめん、と大きな声で謝った。



「……別に、いい。」

「練習、行くから、一緒に行こう。」



静は返事の代わりにひとつ頷いた。
ケンカすんなよ、と先ほど笑った男子がまた笑う。
何がおもしろいのか分からない、ケンカなんて絶対しないって。
練習頑張れって見送られて、静の後ろを歩いた。



「なんか話したの?」

「……、なんで怒った、のか、聞いた」

「あ、全然、まったく、怒ってないから」

「似たような、こと言われた」

「そっか、じゃあいいや。」

「………」



けほ、小さく鳴らされた喉を見て、自分の喉を触ろうと手を持ち上げた。
振り向いた静と目が合って、中途半端に手が浮いたまま自然と立ち止まる。



「……名前」

「なに」

「………これ、風邪じゃ、なくて、声変わり、だと思う」

「……さっき知ったよ。」

「そう、か」

「うん」

「………」

「……気にしてないからね。」

「………」

「本当に。」

「………ごめん」



小さく謝った静に、何も悪いことしてないでしょ、と目を反らした。
手を当てたら喉がひくり、動いて溜め息がこぼれた。

哀しいようなこわいような、全力で走ってもきっと追い付かないね。
大丈夫、哀しくないこわくない。
思いたいだけで、実際気持ちは置いてけぼりになってる。

口元を押さえてまた咳をした。

ふたりだけの廊下で響いた咳も、調子の悪い喉を撫でる手も、ちゃんとすきだよ。
大丈夫、大丈夫だって、哀しくないこわくないよ。
ボールを呼ぶ声と一緒、シュートを放つ手と一緒のはずでしょ。
変わってない、仮に変わったとしても、静は静だって。

確かにそう思ったのに、頭の中は、中学は違う学校に進もう、そればかりだった。

成長する静を受け入れられない訳じゃない。
背が伸びて、かっこよくなっていくんだし、何も悪くないよ。
哀しくない、うれしいに決まってる、こわくない、むしろ楽しいくらいだ。
だって、NBA目指すならちょっとでも体が大きい方がいいし、かっこいい方がファンも多くなるんじゃない。
静だっていつまでも子どもじゃないよ、そうでしょ、わたしだって目には見えないけど、多分成長してるんだろうし。

でも、わたしと静が同じような成長をすることはできないって、分かってる。

それがいやだって言うのは、やっぱりどこかでわたしは、変わっていくことを哀しんでいて、恐れているんだと思わざるをえない。

いっそのこと、静の背中に向かって、そのままでいて欲しい、と言ってしまおうか。








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