あひる

□09
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会場は人で賑わっている。
大栄高校は予選を突破して、インターハイ出場が決定した。

観客席から見下ろした静は、いつもの通りだったから、大きい大会なのに全然緊張しないんだな、って尊敬した。

丸高戦の直後に、静がヤックさんに対して言ったセリフはわたしの耳にも、うっかり届いてしまった。
ああ、でもヤックさんは気にしてないなぁ。
かなり頭にキテるみたいだけど。

わたしは邪魔してたって思いが強かった、それはわたしが同じの土俵ではなかった、と自覚したからだろう。
ヤックさんは、そんなこと無い。
同じ所で、同じ様に、戦うことができてる。



「これが違いか、うらやましいなぁ」

「……さっき11番の人としゃべってたね。」

「ん?」

「黒ユニの方の。」

「…ああ、うん。なに話してたんだろう」

「どうでもいいけどね」

「いいんかい」



閉会式が終わって、会場に入る前に買った飴とスポーツドリンクに、なんとなくチョップをしてから、観客席を降りた。

外で友人が、頭のオレンジの人がかっこよかったと言った。



「4番の人はどうしたの」

「それは別格、でもオレンジの人がかっこよかった。」

「ほー」



白石さんの話しないの、って意表を突くように友人は携帯を取り出しながら言う。
また呟くのか。



「いや、これはゲームだよ」

「………」

「……きょうはあんまり、きゃーきゃー言わないから。」

「………」

「なんかあったの」

「………まぁ、わたしが勝手に、先走っちゃって」



差し入れとして持ってきた飴とドリンクをガサガサ揺らした。
これも渡せるのかどうか、静が怒ってたらもうだめだよね。
忠誠心はどうしたら向上するのだろうか。



「……先走っちまったのか」

「うわあっ、ヤックさん、お疲れ……」

「うわーはやめろって。しばらく振り」

「うん、インハイおめでとう。」

「(上から見てたよりデカイな…)」

「あんた何回か来てたな。話すの初めてだけど」

「…どうも、おつかれさまです」

「ヤックさん、この子はきょうから頭オレンジの人推し」

「アイドルみてーな言い方すんな」

「余計なこと言うな」

「お、おす……」

「あと、残念だがアイツはだめだ、呼べない。」

「あら、どんまい」

「期待して無い」

「アイツはな、女子がちょっと苦手なんだ」

「え……」

「苗字、笑ったらだめだ、人は見掛けに寄らねーんだ」

「わたしは笑ってないよ、二人が笑ってるんだよ」

「不破まじおもしれーよ」

「はー、うけた」



いま白石一人だから行け、とヤックさんはわたしの頭を掴んで押し出した。

この友人も人見知りとかしない方だとはいえ、なんでもうすでに仲よくなっちゃってるんだ。
2、3歩進んでから振り返る、それに気付いて友人がヤックさんに耳打ちをして、また二人で大笑いしていた。
なんでヤックさん3分足らずでわたしよりその子と仲いいの。
少し睨むと、早く行け、と睨み返された。
顔も似始めた、絶対早いって。

きょうは、静にごめんなさいと謝って、いいよと言われればいい、満点だ。
距離を取って、片手を軽く上げて静、と呼んだ。



「お、つかれさま。」

「………」

「来ちゃった。」

「………」

「怒った?」

「……いや、……来ないと、思った。」

「……わたし、静が嫌ならもう来ない。」

「………」

「……これ、差し入れ」

「…ありがとう」



静の襟足はやっぱり少し濡れてて汗をかいてる、でもなんか、ちょっといい匂いがしている。
制汗剤とは思うけど、それ以上に、別の。
なんだろ、これがフェロモンってやつなのだろうか。

静は袋の中を覗いて、飴、と一人言のように呟く。
飴おいしいし、エネルギー補給になるし、きらいなやつだったのかな。



「おいしそうなやつ選んだよ」

「名前の好みじゃねぇか」

「静はきらいだった?」

「別に」

「グミと迷ったんだ」

「……どっちでもいい」

「そっか」

「………」

「………。」



無言になって、謝るならいまだ、と息を吸って静に向き直った。
静はまだ袋を見て、不満そうにしている。
次からグミも付けるから、まずはわたしの謝罪を聞いてほしい。
名前を呼び、真剣な話をしようと思う、と緊張しながら言っても、静の目線は袋から離れなかった。



「静ってば、」

「ごめん、名前」

「………。」

「謝るの遅くなった。」

「……ちょっと、静、」

「俺は、名前がバスケ部入んなかったの、悪いことだと思ってねぇから」

「………」

「名前がちゃんとバスケしたかったのも、俺が邪魔になってたのも、一応、分かってるつもり。」

「え……」

「中途半端だとか、イマサラとか、そういうつもりじゃなくて」

「………」

「名前が選んだことだし、間違ってないって、言いたかった」

「………」

「ちょっと言葉が足りなかったみてぇだけど」

「………。」

「………名前、すげぇ顔してる」

「………、静さぁ……」



顔に手のひらを押し付けて、ぽたぽた落ちてくる涙をなんとか隠した。
ほら、予期せぬ所で転ぶとそんなに痛くもないのに涙出ることあるでしょ、あれ、わたしだけかな。
とにかく、そういう感じの、自分でもよく分からない類いの涙。

息を吸うと、喉から小さくひっ、と音が漏れる。
ああ、高校生にもなって子どもみたいな泣き方しちゃってる。



「きょう、のわたしのノルマ、静に謝ること、だったん、だけど」

「………」

「無視、して、自分だけさぁ、おかしいって…」

「ごめん」

「ごめんじゃ、ない、よ」

「うん」

「ああ、また静、に、泣かされるなんて…」

「泣くなよ」

「とめてよ、外、で泣いてんの、恥ずかしい」

「………」



勝手に泣き始めたクセにな、ぼす、とバッグを床に下ろす音がした。

手首が引かれて、押さえていた目から外れる。
ぼやけた視界に大きな手がわたしの手首を掴んでいるのが見えた。
なにこれ、と思う間にも涙が溢れて頬を流れる。
手首を放した手の甲が、頬の涙の痕を擦る。



「……静」

「なんだよ」

「これ、静の、手」

「他に誰の手があんだよ」

「わたし、静の手、全然、知らなかったの」

「……早く泣き止め」

「いや…、無理でしょ」

「オイ」

「、触らせて」

「………」



わたしの涙で濡れた手は、白くて大きくて、わたしの知ってる静の手じゃなかった。
でも、静は間違いなくこの手で飴とスポーツドリンクを受け取った。
ボールだってこの手で扱ってるし、バッシュの紐を締めるのもこの手だ。

ついさっきまでバスケットをしていたあの手が、わたしに触れて、わたしが触れている。



「ごめんね、もっと、しっかりするから、わたしのこと見捨てないでほしい」

「……見捨てないから泣き止め」

「うん」

「俺が泣かせた感じになってる」

「ごめん、もうちょっと掛かる、」

「ふざけんなよ」

「自分でも分かんないだってば、落ち着いたけど、涙が止まんない」



また手の甲で擦ってくれた。
分かってないなぁ、それがだめなんだって。

あんなにいやだったのに。
静の手も、声も、全部全部ちょっと憎いくらいに思ってたのに。

いざ静のモノとして表れたそれは、やっぱり静を容作るものとして、愛しい。
自分の手で両目をごしごし擦って静を見上げた。
喉がちょっと出っ張ってる。
でも、他はあんまり変わらない。
別に変わらないからすきなんじゃない、変わってもすきだよ。

もう一度下を見ると、目から溢れた水が降って地面を濡らした。
うれしくて泣いてるんだと思う、って目を押さえる。
なら一生泣いてろ、とため息混じりに言った静がわたしの髪を撫でた。








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