魔法

□06
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天井の高い廊下でふと、もしかしたら今は留守かもしれない、と思い足を止めた。

先生は忙しい人だから、わたしがいきなり連絡もせずに行ったら迷惑かも……、いや、いないかも……?

すぐそこに目的の部屋はあるけれど、目的の人がいないのでは行ったところで意味がないのだ。

またの機会にしよう。

来た道を引き返すと、背中に声が掛かった。



「名前」

「、先生……」

「どうしたのかな?」

「…………先生、質問があります。」

「なんじゃ」

「わたしを日本に飛ばすことは可能でしょうか」



元々通っていた学校の屋上から飛び降りたわたしは、地面にぶつかったときの衝撃を想像して怯んだ。
体が着く寸前、目を瞑ってしまったのだ。

想像した衝撃が一切体にこないことを疑問に思い目を開くと、そこは見たこともない湖の畔。

地面に伏せていたわたしに声を掛けてくれた少年、医務室の先生、校長先生、その他の先生、生徒、みんながみんな魔法を使うことに違和感を持たないという、夢みたいな場所にだった。

わたしは『はずみ』で異世界へ飛んでしまったのだ。


会話のすべてが英語で行われていることから、ここはアメリカ、イギリス、それに近いどこかだろうとわたしはふんでいる。

飛行機を使って日本に飛べたらいいのだけど、わたしにはチケットを買うお金も、そもそもパスポートも無かった。


先日初めて体感した魔法の、そう、表すなら瞬間移動。
それを使って日本に行けたら、わたしは確かめることができると思うのだ。

立ち話もなんじゃろ、と先生は部屋に入れてくれた。
わたしは校長先生に用があったのだ。



「………で。それは日本で非魔法族の生活に戻りたいと言うことかな?」

「いえ、違います、戻りたくないです。」

「おや……」

「英語を話せているので生活に問題はないですし、わたしはここにいたいです。」

「ならここで魔法を学び、生きてゆけばよい。」

「………学んで、使えるようになったら、わたしは将来、仕事に就けるでしょうか?籍のないわたしに。信用はありますか?」

「うむ………」

「日本に行って、確認したいんです。わたしが生きているか。時間にズレがないか。」

「………。」

「連れていかなくてもいい、調べてくれませんか……。」

「…………。」

「お願いします。」

「…………うむ……」

「………………。」

「まぁ、……………言うと思っての、君が君である証明については、少々いじらせてもらったのじゃ」

「はい?」

「ほほ、戻りたいなんて言われたら困るとこじゃった」

「………つまり、それは…」

「君の許可なしにしたことは謝ろう。」

「その……一体、なにを?」

「………君の家族や友人、まったくの他人に至るまで、君のことは覚えていない。」

「え…………。」

「君の人生、元々の存在は無かったことにした。」

「………………………。」



いつもと変わらない口調で、校長はとんでもないことを言った。

一瞬、それはわたしの中では長い一瞬だった。
理解できなかった。

わたしの中にあるいままでの記憶のすべては、わたし以外の何もかもにとって、無かったことになる。

わたしの暮らした家も、過ごしたすべてのモノからわたしの足跡は消された。

もう元には戻れない。

たったそれだけのことを、理解するために。



「…ありがとうございます。」

「………その言語力と大きな魔力じゃ、失うものは大きかったんじゃないかな?」

「まさか、」

「?」

「一石二鳥、ですね。」

「…………」

「最高です。」

「……そうか、君が成人すれば何もかも自由じゃ。」

「………はい。」

「こっちで生きるための準備はわしが任されよう。」

「え」

「ホグワーツでは夏休み中、家に帰ってもらっている。」

「は、はい」

「が、君に帰るところは無い。」

「はい」

「だから部屋を借りよう。」

「わたし、未成年なんですけど」

「保護者についても少しいじらせてもらったでの」

「大丈夫なんですか……」

「友人は多いに越したことはなかろう」

「はあ…」

「保護者は別の名前のわしじゃ。」

「偽名とか、ですか」

「そうとも言うかの」



もっとしっかり言うと架空の人物の名前を使って保護者の欄を埋めただけのもの。
居ない人物の代わりを務めるのが校長さんになるようだ。
偽名とはちがう。



「……ありがとうございます。」

「いやいや」

「卒業したら、この恩はしっかりお返しします。」

「お、やっぱり堅い頭じゃ……卒業までには柔らかくなっとるといいが」

「…………そうですね、ある程度の礼儀は保って、柔らかくしたいと思います…。」

「頼むぞ」

「はい、頭の柔らかい友人ができましたので。」

「それはよかった」



友人ができた、そう言うと校長さんはやっとうれしそうに笑った。
わたしにはなんてことないことだけど、校長さんは少しの罪悪感か、単にわたしに対する嫌悪感か、を残している。

わたしなんかのために申し訳ない限りだ。



「さっきも言ったが、友人は多いに越したことはなかろう、たくさん友人ができるといいの」

「……はい、」

「名前なら、きっと、寮の境を気にせず、友人をつくれるじゃろう」

「………はい、」

「自分に関わる人とは仲よくしておくとよいぞ」

「……はい、…では、失礼しますね」

「ああ。また何かあったら来るといい」



頭を下げて校長室を出た。

正直、校長室には偏見をもっていた。
悪いところではないじゃないか、その校長に寄るだろうけど。


学校、寮、湖、魔法……新しいことで溢れているし、古いことは全て無くなった。

わたしには、こっちで友人も家族も、できたんだ。

そうだ。

悪いことなんて、なんにも無かった。








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