魔法
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「黒髪の、下級生…」
ローブのフードを整えながら、セブルスさんは伏し目がちに呟いた。
うーん、と少し悩む仕草を見せてすぐ、申し訳なさそうに、たくさんいると思うけど、と目を逸らしてまた呟いた。
「1人でいいんです」
「僕に言われても…」
「そこをなんとか…」
「もう少し、絞れたらできないこともないと、思う」
「えーと、勉強熱心な人のようでした」
「あー、うん、もっと見た目の、特徴を、教えてほしいんだ」
「(同じようなこと言われたな…)見た目だけだと、年下には見えなかったです。」
「他には?」
「……インク瓶が、なんか他の人と使ってるのと違ったような気がします。」
「インク?」
「あと、羽ペンも」
手入れをしっかりしているからなのかな。
なんだか、つやっときらっと、していたような。
瓶が割れなくて安心したのは、そのせいもあったのかもしれない。
「………(それ見た目ちがう。)」
「分かりません、よね。それっぽい人を見掛けたら教えてくだされば…」
「あ、うん、分かった」
ひらひらと手を振って、リリーさんにすごく優しそうな人だね、と伝えるとでしょう?と自分のことのように嬉しそうに笑った。
優しい人には優しい人が集まるみたい、これが類友か。
わたしもそれにカウントされたい、けど。
同じ寮の彼らにタックルされてきっちり仕返ししているようでは、優しさには程遠い。
そして、それから一ヶ月経っても、例のお兄さんに会えることはなかった。
「君の幻覚だったとか?」
「その可能性が高くなってきた…」
「スリザリンのゴースト?」
「幻覚説はあるかもしれないけど、ゴーストは、ないと思う。」
「どうして?」
「ぶつかった時、痛かったから。」
ルーピンくんはふーん、と興味なさそうに杖を振ってネズミをカップに変身させた。
一方で秘密の特訓は順調に進んで、基礎くらいはできるようになったし、目の前で生き物が姿を変えても驚かなくなるくらいには、この生活に馴染んだ。
羽ペンを置いて、なんとなく息を吐きながら髪を撫で付ける。
塔の隅っこで続けているこの勉強は意味があるのだろうか。
ずっとこの世界に居られる確証なんてないのに。
戻りたい訳じゃない。
ここは楽しいし、おもしろい。
でも、だから、自分がどうなるのか心配になってしまう。
「ルーピンくんは」
「うん?」
「ルーピンくんは、ここを卒業したらとうするの?」
「………」
しばらく無言で杖の先を見つめて、僕にも分からないよ、と小さい声で零した。
もともとふたりしかいないこの空間で、しんと音が無くなった。
何かを思い出すように目を瞑るルーピンくんを見て、ああ、またやってしまった、と頭に来る。
どうやらわたしは踏んではいけないところを踏みつけるのが上手い。
ワケの分からないまま棒立ちになり、自分の足が吹っ飛んだことに気付くのに時間が掛かる。
ルーピンくんは不思議な人で、易々と踏み込ませるくせに、自分の話をまったくしない。
地雷だらけの空間に立たせて置いて、ここは危ないと教えることもしないのだ。
毎度ルーピンくんだけが傷付いて、わたしは傷つけたことにすら気付かない。
謝ることもできない。
伏せられた目も、青白い肌に巻かれた包帯も、こんなに分かりやすく見せ付けているくせに。
ごめんなさいの一言も許してくれない。
杖を振ってカップからネズミに戻った。
尻尾をくねらせながらルーピンくんの手元に近寄りちゅう鳴いて、すぐどこかに行ってしまった。
空気の読めるネズミだ。
呼吸と同じくらい当たり前にため息を吐いて、首をぐるりと回す。
「………きょうは終わりにする?」
「なに言ってるの続けるよ。ほら、ペン持って。」
「は、はい。」