鬼灯の冷徹

□ほおずき
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「酸漿」



ほおずき



「鬼灯」



「…なんですかさっきから。人の名前を多用するのはやめてもらえませんか、気持ち悪い。」



鬼灯は、頼んでいた薬膳が煮える間読んでいた本を不機嫌そうに閉じる。
特に反論もなく、室内で育てている酸漿(ほおずき)の実を、白澤はただ眺めた。

「可愛いんだけどなぁ…」


「は?」


「お前じゃなくて。この実のこと」


お前と違ってな、と付け加えてひとつもぎ取れば、それをポイと鬼灯に向かって軽く投げる。

鬼灯は片手で受けとり、ちょっと力を入れれば潰れてしまいそうなその実をやけに忌々しいモノでも見るように睨んだ。


「それは食用だから食べれるよ。品種改良されてるから、そのまま食べても甘くて美味しい」

「…いりません。」


「あれ?酸漿の実は嫌い?」

鬼灯なのに。


意味の分からない理論を頭の中で軽く巡らせ、首を傾げた。

まぁ実際いきなりただ渡されてもいらないっちゃいらないけれど。


「……これが毒を持っているのを知ったのは、和漢薬の研究を始める少し前でしたね」

「だから食用だってば。これは毒ないよ」

話始めた言葉を聞いて、自分が鬼灯に毒を盛ろうとしているんだと勘違いされたと思って否定した。
それでも鬼灯は首を横に振る。


「今は例え酸漿に毒があろうと、食べても死にはしません。」


「まぁ、うん。死んでるからね」

ケタケタ笑う白澤に、鬼灯がため息を吐いた。


「…そうですね。一度、この酸漿に殺されています。」

「え?」


酸漿に?鬼灯が?


「正確には、酸漿の毒で殺されたのは丁です。」

「丁?」

「…私の、人間だった頃の名前です。"鬼灯"は、黄泉に渡ってから当時の閻魔に頂いた名前」

白澤はその話を今初めて聞いたようだが、中々興味有り気に耳を傾ける。
鬼火と丁で、鬼灯。
それも今初めて知った。
元々人間だったのは知っている。
しかしそんな話をするような機会なんて今まで無かったものだから、人間だった頃のこの鬼神の話なんてもちろん聞いたことは無かった。それだけに興味深い。

「…でも酸漿の毒って、人を殺すような猛毒じゃない。せいぜい堕胎薬くらいにしかならないのはお前だって分かってるだろ」

「調合次第では猛毒にもなるんですよ。」

「そりゃあまぁね…」

でもその頃にそんな事が分かっていたのだろうか。
白澤の考えを読んだようで、鬼灯は軽く頷いた。

「分かっていました。毒薬だけは色々作られていたんですよ。生け贄を殺す為に」



"生け贄"



そうか。神代の…
あの時代に生まれ、そして死んだのか。


「あの頃は雨ひとつ降らないだけで、神頼みで人間を生け贄にしてたね」


その度に、"意味の無い事を"と呆れていたっけ。
一番人間が愚かだと思った時代だった。


「その生け贄を殺す為に用いられてたのが酸漿だったのですよ。随分後に知りましたね……この鬼灯と言う名も付いた後です」

まさか自分を殺した毒草の名前が、自分の名前になろうとは。

実に滑稽だ と鬼灯は笑った。


「しかし今でもこの名は気に入っていますよ。」


鬼灯は白澤に向かって実を投げ返す。少し潰れてしまった酸漿の実を、暫し眺めてテーブルに置いた。

「私を生け贄にした村人達への皮肉になりますし」

「そんな理由?」

「名をくれたのが閻魔というのもありますよ一応」

一応。
何だかんだ自分に目をかけてくれ、この地位に就かせてくれたのは閻魔だ
鬼灯はそう続け、あぁ少しは閻魔大王に感謝の気持ちがあったのかと白澤は思う。


「僕は鬼灯の名前好きだよ。お前にぴったりだと思うね」

「嫌味ですか?」

「半分はね」

「もう半分は?」

「…あ、」

いつの間にか薬が煮えていて、白澤はそれを匙で少し掬い、口に運んだ。

「うん、出来た。今お持帰り用にするから待ってて」

「無視ですか」

「…もう半分に、特に理由はないよ」



好きなヤツの名前なんて、
ただなんとなく好きになるもんじゃないか。
だから理由はないよ。

白澤は持ち帰り用の袋を開け、薬膳を入れた小さなアルミの箱の上に、さっきの酸漿をそっと入れておいた。


愛情と、嫌がらせの意味を込めて。







 

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