夢小説

□甘酸っぱい山桃を一粒
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それから、辛い日々が始まった。






茜がどんどん中在家くんに
近づいていくのを、
私は一応援者として
ただ見守るしかできない。


私と違って
初対面の人にも積極的に話し掛け
仲良くなれる茜が、
中在家くんと親しくなるのに
そう時間はかからなかった。






休み時間に、
茜から中在家くんの話を聞くのは
日課になっていた。


「今日また話し掛けてみたの!
最初は聞き取れなかったけど
ちょっと慣れてきたよ。
あの喋る時の口の動きが
可愛いのよねーっ」

「そうなんだ…」

「あ、知ってる?
長次って、あんな顔して
朝顔育ててるのよ!
あたし、さらにときめいちゃった」

「…へえ……」


相槌を打ちながら、
心の中で私が精一杯主張する。




知ってるよ。

茜が知るずっと前から、
私は中在家くんの事見てたもの。


もそもそ喋る時の
ちょっと可愛い口の事も、
七松くんのスパイクが当たらないように
いつも気に掛けながら育てている
朝顔の鉢の事も、

全部、知ってるよ。




段々と胸が熱くなるのを
必死で堪える。


茜は無邪気に話を続けた。


「意外と冗談も言ったりするのよね。
そらも今度話してみたら?」

「うん…」


そうだね、
私も茜みたいな性格になれたら
そうしたいよ…




でもできないの。
人と話すの苦手だから。
茜だって、解ってるでしょう…?




思わず話を終わらせたくて
私は立ち上がった。


「…もう次の授業始まるわ。
私、その前に厠に行くね」

「あたしも行こうか?」

「ううん、いいよ」


そう早口に答えると
急いで教室を後にした。







廊下に出て、
厠とは反対の裏庭の方へ向かう。


人気が無いのを確かめると
私は松の木陰で、忍び泣いた。






泣いたのは、
茜が疎ましいからじゃない。

ただただ、
自分が情けなくて恨めしくて
ひたすら悲しかった。




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