★MAIN★
□還るべき場所
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「先生…ルナをっ…ルナを助けてください!!」
リークは間髪入れずに、透に土下座する。すると、景も頭を下げだす。
「まだ未来ある子なんです。だから彼女を」
「私の血を取っておいて、みすみす見殺しにするとは、リークの功労が無駄になるだろう!!」
だが透はなかなか行動に移さない。
「PDGはあくまで生命体のみの治療薬です。今のルナでは到底…」
「兄さん…」
「フラット、PDGを貸せ」
「な、なんで…ルナはもう…」
「貸せと言ってるだろ!!」
フラットから試験官を強引に奪い、そのまま口に含む。
「何の真似だよ、兄さん!!」
『いいから黙って、できれば皆向こうを向いて』
筆談でリークのしようとすることが分かったのか、景達は後ろを向く。そしてフラットも理解したのか目を逸らした。
それを確認すると、人口呼吸器を取り外し、ルナの頬に手を当てる。
(まだこんなに暖かい…)
リークはそっとルナの唇に自分の唇を当てた。初めて交わしたキスがこんなに哀しいかったなんて、想いたくはない。
(生きている間にしたかったけど…)
唇を離すと、リークはルナから離れた。
「兄さん?」
「…フラット。ごめん、今回は俺のせいだ。あんな場面を見せたから死期が縮まったんだ」
肩を震わせて泣くリーク。フラットはそっと抱きしめた。
「ルナは本望だった。絵描きとして最高の人生を…」
景達は気を利かせて出ていったので、フラットも慌てて出ようとしたら、リークが引き止めた。
「1人にしないでくれるか?」
彼の瞳は酷く雲っていた。フラットはいま彼を1人にすれば後追い自殺しかねないと思ったので、そこに留まることにした。
「兄さん…」
「フラット。お前は玲奈さんを失うなよ」
「………」
「俺みたいに失うな」
すると、物音が聞こえる。
「…失うって何よ。何失ったのよ」
やけにはっきりした声が聞こえる。声の聞こえた方向に振り向くと、眠っていた筈のルナが目をぱちくりとしている。
「……ルナ、まさかお前…」
ニッコリと微笑むルナ。
「悪運だけは強いみたいなのよね。私。三途の川から追い出されちゃった」
「追い出された?」
首を傾げるリークに、ルナはクスクス笑う。
「私が死んだら寂しい人がいるからって、お母さんに言われたんだ。それにお母さんの遺言って確か…」
「『リーク、ルナをよろしくね』だった。まさか逆もしかりってこと?」
フラットの言葉に、うんうん頷くルナ。
「でも、今回ばかりは本当に危なかったよ。浄化のキスがなかったら私はあの世行き」
みるみるうちに顔を赤らめるリーク。
「浄化のキスって…」
リークは別れの意味を込めてキスをしたのだ。しかし、キスをした際、PDG成分がルナの体内に入りこんだのだ。だからこの時浄化のキスが成立したといえる。
「恋人やお互いを想い合う者同士が、相手の命を助けるためにするキスだって、景さんに教えてもらった。まさか自分がされる側だったなんて…え…もしかして?」
今更ながら顔を赤らめるルナ。
「気付くの遅すぎだろ」
「だから、見てほしくなかったの?」
「そういうこと。秘密にしておきたかったからな」
「意味ないよ。僕、細目で見てたし」
目を見開くリーク。
「兄さんって案外優しいキスをするんだね。もっと強引なのかと思った」
「馬鹿。本腰入れる時には、そりゃあ慎重にもなる。それにこいつは俺の」
「初恋の人でしょ?知ってたよ」
「は、初恋?まさか…」
ファンクラブもあるくらいモテるリークだというのに、信じられない。
「わ、悪かったな。俺が初恋で」
「…ううん。私も初恋だよ?」
クスクスと笑うフラット。
「いいなぁ。見てて微笑ましいよ」
「あの…フラットくん」
「何?」
「聞くなんて野暮だなお前」
「1人にしないでって言ったのはどこの誰かなぁ」
ニヤニヤしだすフラット。
「そ、それは…」
「分かってる。1ヶ月ぶりの再会なんだし。それにもう住み込みの期間も終わったんだ。心おきなくそばにいれるでしょ」
互いを見合わせるリークとルナ。
「あー!!」
「どうかしたの?ルナ」
「似顔絵の対決の件忘れてたぁー」
ルナが完治した時に、いじめの主犯と似顔絵の対決をすることにしていたのだ。
「そうよ!!何忘れてんのよー!」
大変ご立腹の様子だ。
「フラット、連れてきたのか」
「着いてきたんだよ」
「クロフォードいますぐ決着を」
いきなり言われて戸惑いを隠せない。
「どうしようか…リーク」
「受けてやってもいいんじゃない?」
呼び方が『リーク先輩』から『リーク』に変わり、よりルナとリークの関係が深まったことを痛感する。
「…いや、もういいわ」
「な、なんでですか?」
「さっきのキス、見てたのよ。リークがあんたにキスしたの…」
「えー!!」
ため息をつく主犯。
「これ以上、あんたをいじめても無駄ね。だってリークの気持ちがあんたに向けられてるのも嫌でも知らされたから。でも、謝らない。これでもずっとずっとリークが好きだったんだから!」
すると、リークは優しい笑みを浮かべる。
「分かってます。貴女のお気持ちは。でも、こいつは俺の掛け替えのない存在なんです。だから、いじめを受けたと聞いて、心が痛かった」
「…………」
「それに、ルナはこういう絵も描けるんです」
それは、ルナがデュエルの最後に見たリークの姿だった。ほとんど残像でしか見えていなかったが、彼女はこれを予想して描いたものだ。こんなに鬼気迫ったリークの顔は、見たことがない。事実上引導を渡されたことになる。
「技術うんぬんなら恐らく貴女の圧勝でしょう。でも、ルナは命を掛けてペンを走らせた。それに勝るものはありません」
とどめの一言で、うなだれる主犯。
「ま、ルナに勝てる人って言ったら、こいつの師匠ぐらいだろうな。言っておきますが、藤波先生はでくのぼうではありませんよ。あの人の絵は、ハリルの再来とも呼ばれてますから」
手足が不自由でも、描きたい気持ちだけで描いている。上手く描かなければという雑念など一切取り除かれていた。すると、ルナはベッドから降りて、主犯に近づき一度だけ頬を叩く。
「…これで、すっきりしました。これから私をいじめるならどうぞいじめてください。ただし、背後にはリークがいることをお忘れなく」
「ということです。用がないならお引き取り願います」
下唇を噛み締めたまま、その場を去る主犯。
「なんとか一件落着したみたいね」
張り詰めた空気が一気に和やかな空気に変わる。
「だな。ルナ、体はどうだ」
再び景達が戻る。
「前よりずっと元気になった気がします。血の提供ありがとうございました」
「それは良かった」
微笑を浮かべる礼。そして景と子供達。
「しかし、今日は大事を取ってここで休んだほうがいい」
「…はい」
「リーク」
「な、何?」
礼に見下ろされ、今更ながらどぎまぎする。
「良かったな」
「はい!」
「私も歳なのだろうな。とっさの判断が鈍った」
今年で38歳になる。歳と言うにはまだ早い気もするが。
「お父さん…」
「お父さんは、わざと負けたわけじゃないよ。でもお兄ちゃんの想いに負けたんだ」
だから、あのような隙が出来たといいたいのだろうか。
「お父さんもいっぱい悩んだんだ。僕や雅やお母さんを守るために」
聖の頭を撫でるリーク。
「ルナのために協力してくれてありがとう。でも…」
「あぁ、今の子だな」
「別に明かされても構わないわ」
「そういうこと!」
すると、聖がルナに近付く。
「良かったねルナお姉ちゃん」
「うん。皆ありがとう」
その日、フラットだけ帰ってリークとルナは、飛龍の里に泊まることにした。
「あの…」
「どうした?ルナ」
バルコニーから見える地上より大きく見える月を眺める。
「ありがとう。でも」
「『迷惑かけちゃった』は、なしだぞ」
「…う、うん」
月に照らされたヒエンソウの花。
「8月、楽しみにしてる」
「うん。あのね、リーク」
視線を月からリークに戻す。
「私、スクールを卒業したら最果ての町に戻ろうと思う」
「居心地悪かったのか?やっぱり」
入学当初から迫害を受けて、仕事場も同様で、やはり居心地は良くなかったのだろう。
「そうじゃないんだ。私、旅に出ようと思う。クリスタルワールド以外にも世界は広がっているし、いろんなものを描きたい」
「羨ましいな。ちゃんと夢があって」
リークは、頬杖をつきため息をつく。
「フラットも医者目指してるし。皆ちゃんと夢を持ってんのに、俺ないんだよなぁ。そういうはっきりしたの」
「剣士は続けるんでしょ?」
「続けるけどさ、城務委員クビになったし。モンスターハンターがしたいわけじゃないし」
闇一族と対峙した後では、雑魚モンスターなど取るに足らないのだ。
「じゃあ…海賊になろう!」
「あのなぁ。航海士の免許もないしさ、海賊だなんて法律違反だろう」
「そうだけど…。でもね、私1人だったら心寂しいな」
「海賊はなれないかもしれないけど、旅は出来ると思う。でも…それにはお金が必要になるぞ?まさかメイドをやめないつもりか?」
「うん。次の目標が出来たから」
「羨ましいね」
「リークも復帰すればいいじゃない。城務委員は無理かもしれないけど…」
デュエルも終わったので、復学しようとは思っていたが、またクリスタルキャッスルに働こうという気持ちにはならなかった。
「いや、他のアルバイトを探す」
「なんで…」
「ま、ルナがどうしてもって言うなら、戻ってもいいけど」
一方、礼達は寝室で談話していた。
「結果的には良かったのかもしれない」
「そうですね」
「難しい選択させて、すまなかったな」
「いえ、礼さんこそ」
空を眺めると、満天の星空が見える。
「聖や雅には幻滅されただろうな」
「そんなことないと思います」
「そうだと、いいけれど」
盛大なため息をつく。リーク達を見て少しだけ地上世界が懐かしくなる。
「なぁ、景」
「はい」
「地上に帰りたいか?」
突然の問い掛けに目を見開く景。
「………」
「いくら、王位や名前を捨てたとしても故郷は恋しいものだろう」
「…はい」
「もうすぐしたら、雅也の9回忌になる。これを期に帰ってみてはどうだろうか」
「礼さんは?」
「…一度、親戚に会う。ただし人間としてな」
流石に紅龍として会うのは、まだ抵抗がある。
「礼の伯父さん、言ってましたよ。いつでも帰ってきていいって。礼さんの故郷はクリスタルキャッスルなんですから」
「いや。私が生まれたのはトニーズキャッスルだ。幼い母の元で生まれた。できれば、そちらに帰りたい」
「じゃあ……」
「もちろん和純や玲奈には会う。しかし、私はトニーズの子なんだ。まあ、お前の両親が許してくれるなら、その地を第一の故郷にしたい」