★MAIN★

□すれ違い
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分校時代では、下校したら一度は必ず昼寝をしていたルナだ。それを見てきたフラットは、リークではないが心配になる。

「画材のためだもん。少々無理してでも頑張らないと!」

「確か、誕生日に絵を贈るんだったね」

「そうそう誕生日が8月だから…少なくとも7月上旬には、画材を揃えたい」

とは言え、ルナが所望する画材は、一般に使われてる基礎デッサンや写生用の画材ではなく、一流の画家と変わらない画材なのだ。とてもじゃないが13の少女の小遣いで買える画材ではない。

「確か、紅龍の羽つき筆、銀桜で作った紙。そして、セントラル海溝で取られた油に、絵の具だね。確か全部買い占めるとなると、僕が今貰ってる月一の小遣いの10倍もするよね…」

ましてや、夜の7時過ぎから働くのだ。もちろん、ルナは未成年かつ18歳未満で義務教育期間に入っている。いくら働けても、国の法律で遅くても夜の10時までだから、毎日働いて、休日を朝から働いたとしても、見習いの身分では1ヶ月10万も貰えない。

「うーん。そうなんだよね…。貯金は別の目的のために使うから、そこには使えないの」

「とにかく、心配だな。倒れちゃうと元も子もなくなっちゃうからね」

ルナほどの過密スケジュールで、それに加えて働くのだから、倒れない方がおかしい筈だ。

「でもフラットくんも働いてるんだよね?」

「そうだけど、メイドみたいに忙しい職場じゃないし、部活はしてないからまだ楽だよ」

とは言え、フラットも今は寝る間も惜しんで、仕事後に試験勉強をしている。そのことは、フラット本人から聞かされていた。

「けど、試験勉強してるんだよね?私はフラットくんの方が心配だなぁ」

「大丈夫。仮にも医者を目指してる者が、自分の健康管理ができないわけがないでしょ?」

ベッドに座る2人。

「明日からは、僕らは別々の部屋に寝よう」

「え…」

「君はメイドとして、ここに働くんだから、僕と一緒にいたらまずいでしょ?」

確かに、年若い男女が一緒に寝て何かが起きない保証はない。それがバレた場合は、フラットもルナもこの城から追い出されてしまう。

「じゃあ今日も別々にしましょ?私はどこの部屋に行けばいいかな」

「メイド達の部屋は確か、3階の南の部屋にある。1部屋につき3人が共同して使ってる。ルナの部屋は一番手前の355室」

「どんな人達が泊まってるの?」

共同部屋なら、これから一緒に寝泊まりする人間と円滑に過ごしたいのだ。

「確か、ルナの一つ先輩にあたる赤井奈々さんだけかな。分からないことがあれば彼女に聞くといい」

「先輩ってことは、スクールでも会うのかな…」

「そうだね。彼女はクラスAの城務科だから、滅多には会わないんじゃない?」

「じゃあお仕事での先輩になるのかな」

「そうなるね。くれぐれもタメ口で口を利いちゃだめだよ?1つしか変わらないからって、仕事の上ではルナが部下なんだから」

城でのタテ社会は、アルバイトの身分でもやはり厳しいもので、ルナが後々恥ずかしい思いをしないように、忠告するフラット。

「だから、仕事中は僕に対しても敬語。そして兄さんに対してでも敬語で話すんだよ」

「うん、分かった」

とは言え、幼なじみ相手に敬語なんて、なんだか違和感を感じる。眉間にシワを寄せて難しい顔になるルナに、フラットは助言を与えた。

「とりあえず、僕らの仕事場に入る時は『失礼します』仕事始めはどんな時間でも『おはようございます』仕事終わりは『お疲れ様です。先に上がります』この3つと、言葉の語尾に、です。ます。を付け加えること。後は徐々に覚えていけばいい」

「それなら出来そうな気がする」

すると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。フラットは部屋のドアの前に向かい、声をかける。

「何の用?」

「クロフォードを迎えに来ました」

どうやら、フラットの言っていた彼女のようだ。

「分かった。今開ける」

フラットはドアを開けて、奈々を部屋に入れた。ルナはベッドから立ち上がり一礼する。

「は、初めまして。明日から先輩と一緒に働くことになりましたルナ・クロフォードです」

奈々は一瞥し、そのままルナを手招きした。

「私は赤井奈々。クリフト先輩から話を聞いたと思うけど、貴女の直属の上司になるわ。さ、ついて来なさい」

奈々は足早に自分の寝泊まりする、3階の寝室に向かう。ルナはそれを追うのが精一杯だ。他のメイド達がルナを凝視している。

「何してるの。先輩方に挨拶しなさい」

ルナは律儀にも1人1人に挨拶したために、普通なら3分もかからない道のりを10分も掛かってしまった。それに対して奈々は、不機嫌になる。

「貴女ねぇ、要領が悪いにも程があるわよ!」

「す、すみません」

ひたすら頭を下げるルナ。しかし容赦ない説教が続く。

「1秒たりでも時間を無駄にしてはならないの。どういう生活をしてきたか分からないけど、これからは時間を大切にすること。いいね?」

「はい」

ルナのあまりの要領の悪さにため息をつく奈々。今まで見てきたメイドより一番手間の掛かる部下を持ち、先が思いやられる。どうにかして自分の寝室に辿り着くと、ルナを寝室に入れた。

3人用部屋と言われているが、その人数で使うにはかなりの広さがあり、高級ホテル並に豪華なアンティークが置かれている。

「ここが貴女がメイドをやめるまで、寝泊まりする場所。私は奥を使ってるから、貴女は手前を使いなさい」

ルナは荷物を手前のベッドの横に置く。すると、また怒声が響いた。

「貴女ねー。そこに置いたら通り道の邪魔になるじゃない。クローゼットが目に入らなかったの?」

「す、すみませんっ」

手前のベッドの右隣にあるクローゼットに荷物を置く。そして、奈々は一通りこの部屋の使い方を教えると、メイド服から私服に着替えた。

「さて、クロフォード。貴女はどこのクラスに入ったの?」

メイドのことについて聞かれるかと思っていたので、その質問は予想外だ。

「D、Dです。美術科に入りました」

「つまり、特待生ってわけね。でもよかったぁ。私と同じAだったら、一日中貴女のマヌケな顔を見なきゃいけないんですもの」

内心ムッとしたが、仕事の手前ルナは必死で笑顔を装う。

「それに、これは暗黙の了解だけど、リーク先輩に近づいちゃだめよ?」

「ファンクラブの先輩達に目をつけられるからですか?」

「あら、そういうところは鋭いのね」

目を見開く奈々。

「彼の弟のフラット先輩から聞きました。大丈夫。私、彼に嫌われてますから」

「嫌われてる…かぁ。ま、貴女みたいな田舎くさい女は相手にもされないでしょうけど」

完全にルナを馬鹿にしている。ルナは腹立たしくなったが、やはり自分の本来の目的のため、笑顔でやり過ごす。

「他の方もいますし、何もリーク先輩に執着する必要はないですしね」

「そうそう。貴女にも似合う男性はいるしね」

首を傾げるルナに、奈々は大笑いする。

「あら、分からない?医務室にいるフラット先輩よ。何考えてるか分からないけど、どことなく優しい雰囲気はあるから」

「フラット先輩も私じゃ釣り合いません…」

「自分の身分を弁えてるのね。見た目と違って口ではなかなか賢明なのね」

「えっと、つかぬ事をお聞きしますが、赤井先輩はリーク先輩とフラット先輩どちらのファンクラブ所属なんですか?」

逆に質問されて、言葉が詰まる赤井。

「もし、それが分かれば迂闊に彼らに近づいたりはしません」

「へぇ。じゃあ聞くわ。貴女はどちらの先輩が好きなの?」

答えは決まっていたが、真実を言えば明日から目をつけられるにちがいない。当たり障りのない言葉を探して、応答した。

「私の好きは先輩の考える好きではありません」

「つまり、恋愛感情ではないと言いたいのね」

「はい。私もそれについてはまだ分かりません。だから、どちらでもないです」

「ふーん。残念。貴女がリーク先輩が好きだなんて言ったら、こき使ってやろうと思ってたのに。でも…それって嘘ついてないよね?」

思わず冷や汗が流れるルナ。同性とは言え、やはり女の勘は鋭いのだ。

「そういえばリーク先輩も城務委員のバイトをするみたいです。フラット先輩から聞きました」

話を逸らしたため、問い詰められると感じたルナ。

「じゃあ毎日彼が見れるのね。いつかそういう日が来ると思ってたから、すごく楽しみだわ。貴重な情報感謝するわ」

目を輝かせて、満面の笑顔になる奈々。やはり彼女もリークが好きなのだろう。ルナは彼女に対してほのかな罪悪感を抱き、半笑いになる。

「城務委員ってことは、将来は女王に直接仕えることなるんだわ」

「そうなんですか?」

「そうよ。城務委員を経て、見習い騎士、騎士、そして騎士班長、騎士組長、騎士隊長、騎士団長、騎士副長、騎士長官、そして城務大臣になるのよ」

「随分とお詳しいのですね」


「当然じゃない。これでも私、城務系の試験は学年トップだもの。知らないことはないわ」

「じゃあ当然、メイドの位についても詳しいのでしょうか」

「もちろん。まあなれるかどうかは分からないけど、今貴女の位であるペーペー以下のメイド見習い。そして私が所属するメイド見習い指導員。そして正社員のメイド。メイド室長、メイド班長、メイド副長、メイド長。メイド長になるには、最低30年は掛かるわ。すべてのメイドを統べることはもちろん、国の政治にも参加するのよ」

遥か天上の存在なのだ。ルナが見当もつかないのも当然だ。その証拠に、首を傾げている。

「田舎出の貴女には分からないでしょうがね。さ、夕食の支度に行くわよ」

「あの…」

「この施設に入ったんだから、貴女も一人の従業員よ。ほら、これに着替えなさい」

黒いロングスカートに、白いフリルのエプロンを渡された。ルナは、すぐに着替えるとカチューシャを付け、白いソックスに黒い革靴を履く。なかなか可愛らしいメイドの出来上がりだ。

「よし。3階の調理場に行くわよ」

「はい」

慣れない革靴に悪戦苦闘しながら、階段を下りていく。調理場に向かうとシェフと、メイド達が目まぐるしく働いている。

「貴女は、これを王室に運びなさい」

「お、王室ですか?」

「人員が足りないのよ。ほら、早く行きなさい」

ルナは、料理が乗せられたカートを持ち、中央ゲートにある王室に向かう。臣下達は見慣れないメイドが来たと怪訝な顔つきになる。

「あんな子いたか?」

「新人じゃないの?」

臣下達のひそひそ話もなんのその、颯爽と王室に入るルナ。

「失礼します。お夕食が出来ました」

「テーブルの手前に置いて」

「はい、畏まりました」

カートをテーブルの近くに置くルナ。すると、礼服に着た玲奈と目が合う。

「あれ、ルナじゃない。なんでメイドの格好してるの?」

「明日から本格的にそちらで、働くことになりましたから」

「へぇなかなか似合ってるわね。その格好」

可愛らしいルナに微笑む玲奈。

「あ、ありがとうございます。私は仕事に戻りますので、今後ともよろしくお願いします」

怖ず怖ずと一礼するルナ。洗練されていないその仕種に思わずほほえましくなる。

「えぇ、よろしくねルナ」

手を差し出す玲奈。そしてルナも手を出して握手を交わす2人。手を離すといそいそと調理場に戻る。

(あれから7年も経ったのね。時が経つのも早いのね)

戦友として戦った時のルナはまだ6歳で、自分の太ももまでの身長で、体格のいい女の子だった。さっき会った彼女は自分とほとんど身長が変わらなく、しかもスリムになっていた。
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